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自分が、なぜお遍路にきたか…

ぎん)私は四国にきて、本当にいろいろな事を考えた。
ある意味…私はここで、自分という『自我』が一度死んだのかもしれない…。


四国へ来た理由。
私には、自分で思う『やり遂げた』という物が何もない。
自分に自信が欲しくて…四国を歩き通したと自分を誇りたくて、ここへきた。

では…自分に『何も無い』と言うならば…
一体『ある』とは、どんな状態なのか?
『ある』とは何か?
心か?物か?形なのか?


もし…自分の中に、1つそうした物をつくるとする。

しかし…人間の一生とは、儚く長いようで短い。
それに…どんなに、権力、財、自信をつくったところで…死ぬ時には、何一つあの世に持って行く事はできない。
逆に金や権力を残せば、後に残った者達にとって…奪い合いの争いの種ともなる。

ならば…人間とは、何のために産まれ…そして生きるのか?

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