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プライドを捨ててみる

ぎん)プライドを捨ててみる

プライド
良い意味では、自分自身を支え奮い立たせる支えとなるもの。
悪い意味では、執着、頭の硬さ、応用力の無さ、となる。

私は元々、かなりプライドの高い人間だった。

けして人よりも勉強が出来る訳ではなかったけど・・・
その代わり人以上に努力して、人より物事ができる自信があった。

一番酷い時には・・・大工で技能士の資格を取り、仕事でも現場を任され、
仕事で周りで私にかなうものがなく、空手もやっていたことから腕力にも自信があり、
バブルの終わりがけではあったが・・・建築業の給料も良く、
金、力、地位と全てがあったと想いこんでいた。

しかし・・・
人一倍無理をした結果、利き腕は握力を失い腰を痛め・・・仕事復帰は絶望。
さらに、そのころ覚えた株取引によって全財産を失う。

一時期は元彼女の元で専業主夫的な生活を送っていた時期もあった。
全てが空回りで自暴自棄になり、家でヒスを起こす私・・・
そんな私を長年支えてくれた彼女ではあったけど、やはり人間には我慢の限界がある。

そして私は全てを失った。

当時プライドの高かった私は・・・他の仕事を探すも、
こんな安い給料でやってられるか!と、なかなか自分の殻からでることができずにいた。

そして、プライドだけでは生きていけないことを知った。

ここからは本当に大変だった。

体はボロボロだし・・・お金も無いし。

プライドじゃ飯は食えない。

人に頭を下げて生きるくらいなら死ぬ!と吼えていた人間が、ようやく人に頭を下げて生きる決心をした。

新しい仕事に就けば、自分は駆け出しの下っ端。

仕事もできないのに給料が安いのは当たり前、それに・・・年下の先輩からヤキが入るのも日常だった。

惨めだった。

何度死のうかと想ったか・・・。

でも、自分の中で何かが変わりつつあった。

今までは自分が正しい!と思い込み、自分の意見ばかりを相手に押し付けていたけど
相手の意見をしっかり聴くようになった。

次第に・・・こんな考え方もあるのか!?と自分と違った考え方を受けれることができるようになった。

すると・・次第に私の周りに人が集まるようになった。

プライドの高かったころの私ならば・・・こんな自分の失敗談など隠して、成功話しかしなかっただろう。

しかし、今となっては・・・そんな失敗や苦労話も、笑い話として話せるようになった。

今だから笑話だけれど、四国八十八ヶ所巡りに四国に渡り、一番所にたどり着く前にぎっくり腰で
現地の病院に一ヶ月の入院。
それでも・・・そこで出会った人たちの暖かい支えもあって、無事八十八ヶ所結願となった。

結構これが良いネタになるんよね(笑)大体の人は笑ってくれる。

こうして自分の弱さや欠点をさらけ出すことで、人が心を開いてくれるきっかけにもなる。

自分の弱さをさらけ出すことは・・・けして恥ずかしいことではない。

自分を「弱い人間」と認めることが、弱さを知り強くなる第一歩だと私は想う。

いくら強がって人に虚勢を張ったところで・・・何も変わりはしない。

自分の弱さを認め、そして受け入れて、そこから前に進んだものこそが

「本当の強さ」を手に入れることができると想う。

私はまだまだ弱虫のヘタレ。

いきなり大きな勇気をもって、何か大きな事を成すことはできない。

だからこそ、小さな目の前にある一つ一つの機会を大切にして
小さな勇気をもって前に進んでいくことにした。

未だ人生道半ば。

私のような若輩者が人生について語れた身ではないけれど・・・

今こうして、私のブログを読んでくれているあなた。
そして、私に縁のある沢山の人たちの暖かい支えがあって

私はこうして生きていくことができます。

沢山の出会い、そして・・・

あなたに、

心から、ありがとう。

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