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叱ることと説教

叱ることと説教

ぎん)説教と言うと・・・法事の時に聞く、お坊さんの説教のイメージが強い。

正直、私は説教は大嫌い。

以前の職場の上司や、学校の先生、年配の方、いろんな人が居たな。

これは私が感じたことだけれど、
説教と叱るの違いを簡単に言うと・・・

説教は「押し付け」
叱るは「相手を想うこと」かな?

どんな人も説教は嫌いだと想う。
どうして嫌いなのか考えてみると・・・
その中身が自分の事を考えてくれているというより。
言ってる人間の考えの押し付けということが大半だからかもね。

叱られることについては・・・
正直言われていて辛い。
それは、相手の人が自分の事をきちんと考えて
心から良くなって欲しいと願うから。

それでも人間という生き物は・・・なかなか素直になれないもので、
図星つかれると、反省するよりも反発しちゃうんだよね。

それでも・・・その場は反発してみても、心にはきちんと「想い」が届いているもの。

どんなに時代は進もうとも、人が人を想う心は変わらないはず。

自分の想いを相手にわかってもらいたいならば・・・
自分の想いを一方的に押し付けるのではなく。
相手の気持ちや想いを汲み取って、相手のことを心から想うことで
通じていくんじゃないかな?と思う。

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