2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 言葉(想い)は自分へ返る | トップページ | 鎌倉の大仏 »

自分に素直になる

さて…自分に素直に。

あなたなら…この言葉をどう捉えるだろうか?


以前の私ならば…

「自分」という言葉を出すだけで…それは「我」や「エゴ」といった強いイメージがあった。

なぜなのか?
自分の深層を抉り出してみるとそこには…やはり幼少の頃から記憶に刻まれた
「心の傷」があったことに気付いた。


私の父親は本当に自由奔放身勝手を絵に描いたような人間だった。
そのおかげで…私は実家を出る頃までは、
「いつ殺してやろか?」といつも父親に殺意を持ち生きてきた。

今となっては懐かしい笑い話になるけれど…
それでもやはり幼少の頃の心の奥底に刻まれた傷は簡単には消えてはいなかった。


さらに言えば…
仕事が休みの日にパチンコへ出かけて、負けて帰ってきては酒を呑み荒れる父親。

季節労働者で冬場にには父がいなくなり…酒に溺れて行き場の無い怒りや悲しみを私にぶつける母親。

そんな二人の前では…私はいつも二人の顔色を伺い「良い子」を演じていなければいけなかった。


本当の自分…。
いつの間にか演じる自分が本当の自分に成り代わり
自分の本当の気持ちは押さえこまれ…置き去りにされ。

「自分て何??」と自分がわからなくなっていた。


自分を出すことはエゴ…
いや、自分をどう?本当の自分を見失っていた自分にとってみれば…
「それ」を自然に表に出すことができる人がうらやましかったんだと想う。

だから…それはエゴだ!と否定することで
自分はそれで正しいのだと…自分を擁護して自分を正当化するしか
自分を守る方法がなかった。

そんな生き方しか出来なかった。


だけど…違う!
そうじゃない!
本当の自分は違うんだ!と心のどこかでいつも本当の自分は訴えていた。

でも…今まで30年以上そうして生きてきた…
何をどうしていいのか?その表現の仕方がわからなかった。


本当の自分がそこにないから…
いつも周りの空気に合わせて、当たり障りのない付き合いをする

「良い人だね」

そういわれる度に胸が苦しかった。



本当の自分てなに?

去年から自分の中で心がけていることがある。

自分を「認める」こと「許すこと」

どんな自分も否定せずに、その一つ一つを受け入れてみよう。

少しずつだけれど…簡単にはうまくはできないけれど…何かか
本当に少しずつだけれど変わり始めた。



今の自営も始めてから約2年が過ぎた。

自分の中の迷いが技術の迷いを生み…
心の迷いは「手」にてきめんに現れる。

ただでさえ少ない収入は激減し…

正直…もうダメだ。と心が折れかけた。


開業するときに自営の先輩から貰った言葉。
「理念」をしっかりもて。

理念とは…自分が何の為にその仕事を始めようと想ったのか?
それを大切にしろと。
そうすれば…本当に自分が苦しいときに「それ」が心の支えになってくれるよ。と



自分の理念。
そう…
一人一人のお客さんにしっかりと時間を使って向き合い
自分もお客さんも手技だけではなく、話をする、聴くことで
身体も心も楽になってもらおう!と想っていた。

そして屋号につけた「癒し屋 癒和」

「癒」しで 心と身体の調「和」の頭文字と語尾をとって「癒和」と


そんな人に認められる…もっとらしい理念を掲げた。


だけど…そこには昔から演じ続けてきた「良い子」の自分しかいなかった。

人の喜ぶ顔が好き。
人の為に…。


いつも人の為…人の為と自分を演じ自分を殺し、削り続ける自分。


やっていて正直苦しかった。


だから…人から見返りがなければ落ち込み。凹み
やっている意味を見失う。

完全にそこには本当の意味での「自分」がいなかった。



(本当にもうダメだ…)
そう想った時に…ようやくやっと
「本当の自分はどうなんだ?」と自分の本質に問いかけることができた。


本当の自分。

私は昔から母親の強い束縛を嫌い…いつも自由を求めていた。
だけれど、そん半面すごく寂しがりやで臆病。
(もしかすると…母親はそんな私をしっていたからこそ、そういう接し方をしていたのかもしれないな。)


自由。
自分の思うがままに「自分らしく」生きたい。

そんな願望が自分の奥底にあったことに気づいた。

本当の自分は…?
今の仕事で言えば…
「誰にも拘束されずに、自分が好きなときに好きなことを出来る自由な時間が欲しい」
この願望がとても強かった。

人に優しく接するのは…自分が優しくされたいから。
人を大切にしたいと想うのは…それ以上に自分が大切にされたいから。


!?

改めて本当の自分の深層を心理を知ったとき。

認めたくない!違う!と否定したい…今までの良い子の自分が顔を出す。

でも、違う!
それが本当の自分なんだ!!

認めるのが怖かった。

だって…それを認めてしまったら…自分は偽りの人間「偽善者」でしかなくなってしまうのだもの。



でも…受け入れた。
苦しくて…苦しくて。
自分がものすごく汚い存在に想えて…消してしまいたい!と強く強く想った。



だけど…そこから目をそらしたら、いつまでも自分という存在は確立することはできない。

いつまでも私という蜃気楼のような実体の無い存在で終わってしまう。


本当に自分としていきたいならば…それを受け入れるしかない。



自分を。認める。受け入れる。許す。


まずはそこからだね。

人の為と自分を偽って生きるのはやめる。
そこに自分はどう在りたいのか?それが大切。


せっかく一度の人生なのだもの…
自分を大切に生きないと…自分が可愛そうだよ。

自分とは「唯一無二」の愛おしい存在。

自分を愛し、そして人を愛する。

人だけの「自分我」や
人にだけの「人にだけ」にならずに

全てに愛を持って接して生きて行きたいと想う。


私の人生の第二幕は「今」ここから。

今をそして…自分を、人を大切に愛を持って生きて行きます。


長い文章を読んでくださり、心より感謝です。

ありがとう。

« 言葉(想い)は自分へ返る | トップページ | 鎌倉の大仏 »

生きるための、ちょっといい気づき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 自分に素直になる:

« 言葉(想い)は自分へ返る | トップページ | 鎌倉の大仏 »