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許せないの「種」は自分の中に

日常生活をしていると…対人関係の中で
あの人は苦手!とか、嫌い!というのは良くある話だと想う。


それが度を越えると…

「許せない!!」となることも時として出てくるもの。


これって浅い付き合いの時には、それほど意識することもないのだけれど…
その人のかかわりが強くなれば時に見えてくる厄介者。


私も去年の後半に出会った人の中にそういった人がいた。


大好きだけれど…大嫌い!!

この矛盾した何ともいえない複雑な気持ち。


他人からすれば…わけのわからない話になってしまうけれど

本当に一人の人間に対して両極端の感情がある。


さて…
それはどういったものか?と言うと


凄く寂しがりやのクセに…変に強がって素直じゃなくて
「失う」ことが凄く怖くて…相手が少しでも自分から気がそれた??と感じたら
どんなに深いつながりの人でも自分からその関係を破壊しようとするところ。


60歳を過ぎた おっちゃんに見た人間性。

おいおい!
仮にもある団体の代表だよ?
人としてそれってどうなのさ?と怒りを感じたもの。


それは私に個人的に向けられたものではない。

側で垣間見たことに過ぎないのだけれど…どうしても許すことができなかった。



この人について行くのは無理かも?と一時は想いもした。


しかし、少し時間を置いて冷静に自分と向き合ってみた。


感情の奥底に潜む「本音」の部分は???



何のことはない。
自分もよくよく考えてみると全く同じ気質をもっていた。

解る人から言わせば…似たもの同士じゃないの?と笑われそうなこと。


そう
今でこそ…「それ」はなりを潜めているけれど…
私が20代の頃には、同棲していた彼女を失うのが怖くて
いつも自分に自信がなくなり、相手に対して不安感が芽生えたときに
その関係を自分から壊そうとした。

何度も泣かせたな…  本当に大ばか者。

それでも、元かのの忍耐強さもあって、私は少しずつだけれど人を信じれるようになった。

今なら想う
この人も60歳を越えて…たくさんの人の上には立つ立場になったけれど
本音の部分は凄く臆病で、自分に自信のない人なのだと。




こうして「本音」の部分をしっかりと見てやればなんの事はない

相手の「許せない」部分は

「自分の中の許せない」部分だった。



「自分を許す」
それが出来たときに…本当の意味で相手も許すことができるのかもしれないね。


許し受け入れる。
簡単そうで簡単ではない。

だけど…これができるようになれれば

「自分自身」が本当に楽になる。


そして…許せない相手がいるのならば
きっと「それ」を自分が受け入れることが出来た日
自分が相手にとっての一番の理解者となれる日なのかもしれないね。



ただ漠然と「嫌い、許せない!」と想うことを
一度少しだけ冷静になって自分に置き換えて見つめてみると
意外な答えが見えるかもしれないです。

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