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知覧特攻記念館を訪れての学び

己の命を投げ捨てて戦った「特攻」
この戦い方には賛否両論があるかもしれません。

戦争は正しい選択ではない。

だけど…人には形は違えど何かに立ち立ち向かわなければならない時がある。

そしてそこには「何」があるのか?
それを私が今回南九州の知覧にある「特攻平和記念館」へ行って感じたことを書きます。



最初に感じたこと。
「悲しみ」

年端もいかぬ17歳~からの若者たちの遺影が一面に張られた展示室内。
そして…彼らが特攻を行う前に書き綴った手紙や遺書。

「心に一点の曇りもなく」
「母様どうぞ大元気で」
「喜んで死にます」


戦時中は国を批判する言葉を口にすることはできなかった。

心の中には口には出せないたくさんの想いがあっただろう。

だけど…本当に潔い。それを美しいとさへ想った。


己の心を振り返る。

これほど何かの為にと…頑張ったことがあるのだろうか?

日々小さなことにクヨクヨと右往左往して行く先を見失っている自分。

国のために散っていったご先祖様達を前に、自己嫌悪に陥ってしまった。



正直…
知覧を訪れてからは…少しの間自己嫌悪の日々だった。


今朝ふと気付く。

彼らの手紙の文面を思い出す。

形?文章?

いや…違う。

もっと奥の…さらに奥。


そう「想い」


彼らは「何の為に」たった一つの大切な命を投げ捨ててまで「事を成そう」うとしたのか?


けしてそれは敵国やその人々が憎くて行ったことではないはず。
国を動かす上の人達の思想は解らない。

かれらが…それをしなければいけなかった。何の為?


「大切なものを守る為」


自分の親よりも先立つことはこの上ない不幸に違いない。

それでも…それでも彼らが守りたかったもの。

「想い」

そして…その奥にあるもの

「愛」


愛する家族を…そして国を

彼らは自分の命を捨ててでも守りたかった。

私はそう感じた。


これは今を生きる私たちにも通ずることだと想う。

人を接する時、それは身近な人、例えば家族や友人や恋人でも良い。

我をもって己を通そうとすれば、摩擦が起きて不快を感じ関係は悪化する。

「愛」を持って人を「想」い、人と接していけば…自ずと関係は良好になっていくはず。


日本人は謙虚で照れ屋の人が多いし
欧米人のように…表立って「愛」を語る人はなかなかいない。

だけど
誰かの為にと己を省みずに頑張る事ができるが日本人の素晴らしさだと想う。

人間が一人でできる事には限りがある。

けれどもね
人が人の為にと沢山の力と知恵を合わせて頑張っていけば
とてつもない大きな力を発揮することができるんだよ。


人を愛する心。
人を大切に想う心。

忘れないで
あなたも大切な一人の命ということを。

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