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小さな小さな奇跡(笑)

昨日の夜…恐ろしいほどグッドタイミングな奇跡が起こりました!!


欲しい物が、欲しいタイミングでバッチリに手に入ったんです♪
意思疎通??
ん~…知らないもの同士が、まさに天を通じて心が通じ合った瞬間だと想いました。


さて…
その日は正直一日気分がブルーでした。
本当に何もする気力がわかなくて…だらだらと夕方まで寝て過ごしていたんです。

ふと気付くと…窓に映る夕陽がすごく綺麗。
窓全部が光の反射で黄金色に輝いていたんです♪

それをボケ~っと眺めながら友達と電話で話していました。


ようやく気分も少し和らいで、おなか少し働き始めるのを感じました。
(精神的に落ちてる時って食欲がわかないものなんだよね)


最近調子が悪かったこともあって、肉食を控えていたのだけれど…
今日は無性に「焼き鳥」が食べたくなったんです。

(久しぶりに、焼き鳥でビールなんていいなぁ~)と
頭の中では焼き鳥片手にビールでご満悦の自分の姿をハッキリとイメージしていました。
もう、それを想像しているだけでワクワクしてきて…早速歩いて10分ほどのスーパーへと
買い物にいったんです。

ただ…この時、時間は20時半。

18時をすぎたころから、お惣菜たちには値引きのシールが張られて…
獲物を狙うかのように鋭い目をした奥様たちが我先にと獲物を捕らえていくサバンナの狩場さながらのシーンが繰り広げられる時間を過ぎ去っていました。

(きっと…もう獲物はないなぁ…)

私の狙う獲物「焼き鳥」

それを舌なめずりしながら籠へと奪っていくハンターたちの姿が頭の中に浮かびました。


一抹の不安を抱えながら…スーパーのお惣菜コーナーへ。

………。。。。

結果は後者の不安が的中。

食い散らかされた狩場は、打ち捨てられた残骸のコロッケと、アジのフライが残るばかり。

夢を打ち砕かれて…その場に立ちすくむ私。


そこへ一人の籠を手にしたスーツを着て、疲れきった後姿のハンターが一人。
まるで死肉の残骸をあさるハイエナのように見えた。

ゆっくりと私の前にくると…彼は自分の籠から一つのパックを取り出し狩場へと戻した。


??????


そこに目を向けると…!!!???

な…なななんとっ!

「焼き鳥!!」


赤く染まった「半額シール」と半ば乾燥して干からびた姿は少々残念だったけど

私の夢にまで見た焼き鳥が目の前にあるのです!!


すかさず籠に焼き鳥をゲットして、もう一つの夢のビールを買い…お店を後にしました。


この帰り道の星空が~なんと清清しく美しかったことだろうか♪


まさにこれは「神の奇跡」という他ない、絶妙すぎるタイミングでした。


願い、想い…そして叶えること!

それは大きな事でなくても良いんです。

そこに自分が「感謝の心」をもつことができれば…全ては自分にとって「幸せな奇跡」となるんです。


あなたもぜひ、日々のあらゆることに「感謝の心」をもって
自分が感じる「幸せ」を増やしていってもらいたいです♪

マヤ暦アドバイザー試験

6月22日旭川で開催される、シンクロニシティ研究所主催
越川先生の講演会の後でアドバイザー試験を受講することに決めました♪


生年月日から1~260までの自分のキンナンバー(運命数)を導き出して、マヤの紋章から自分の顕在意識と潜在意識と役割を導きだすものです。

マヤ暦とであってから約1年半。
本当にいろいろな出逢いと学びがありました。

私のつたない鑑定でも…
前に進む後押しになったとの言葉をいただいたり

これもまた自分にできる事の一つなのだと感じることができました。


アドバイザーの資格をとることによって…
セッションでもお金が発生することになります。
お金が発生することによって…責任の重さも遥かに増します。

ある意味…
今までは、マヤ暦はよいものだな~という感覚はあっても
自分より優れた先輩方がいるのだし、自分じゃなくれもよいのでは?と、どこか深いところへ踏み込むことをためらっていた自分がいました。

だけど…
マヤ暦のセッションを行っているうちに
自分の言葉と表現で、表せるものもあることに気がつきました。
確かにキンナンバーだけで言えば260個でしかありません。

血液型の四種類に比べれば遥かに多くはありあすが、それでも260種類でしかない。

全ての人間が260種類の枠にはまるとはとても思えない。
だけれど…それを特徴と捉えて、自分の経験や学びを落とし込むことで「無限の広がり」を得ることができることに気がつきました。

苦と失敗の多い人生だったなぁ~とは想いますが
それがあったからこそ、人の「その」部分を汲み取ることもできるのではないのか?と考えることができたのです。


アドバイザーはゴールではなく「スタート地点」

私ができる事の一つとして、皆様と携わらせていただきながら
大切に育てていきたいと想います。

人が人と…

人は一人では生きてはいけない…
そんな話を聞く事があります。

だけど…
人間は千差万別。
考え方や価値観も本当に様々。


あなたなら…それをどう捉えるだろうか?


奪い搾取する為の相手とするの?

支え助け合う為の相手とするの?


自分は相手から奪うのに…人には助けて欲しい

そんな都合の良い事ばかりが続くはずもないよね。


まずは自分が…相手を助けて支える人になること

類は友を呼ぶじゃないけれど…
不思議とそうする事で自然と自分も人の助けをもらえるようになっていくもの。

どんな相手とどうするか?も大切だけど…
まずは自分がどんな人間として生きていくのか?

それが一番大切だと想いました。


奪い搾取されれば…
恨みが残り資源も心も枯渇していくもの。

与え支えあえば…
お互いに助けあってより良い発展と感謝の気持ちが生まれ
皆が『幸せ』になれるもの


平和で幸せの多い世の中になれたらいいなぁ…

こんな生きづらい世の中だからこそ…
一人一人が幸せに向かって『今』自分に出来る事を探して行って欲しいと思います。


2013目標

一年が過ぎるのは早いもの…
明日からまた新しい年の始まりですね。

みなさんは今年一年どんな年でしたか?

私は5月後半から…本当に怒涛の半年間となりました。


自分の常識の枠に収まらないことの連続に戸惑い、悩み、迷い
時に自分を見失い…心が折れかけたこともありました。

何度泣いたかなぁ…

でも、その一つ一つの出来事としっかりと向き合ったからこそ得られた「成長」


今年の自分は少し自分で褒めてもいいかなぁ~なんて想ってます。


さて、2013年の目標ができました。

目標「自己統合」

簡単に言えば…「自分を大切にする」です。


今年は出逢う人、出会うひと、本当に年もジャンルもばらばらな様々な人から
「自分を大切に、自分を愛して」と言葉をもらいました。

そろそろ…それが必要な時期なのかもしれません。


私は人を大切に!と常々意識して努力してきましたが
自分なんて…と、いつも自分を軽んじて生きてきました。

「自分を大切にできない人は人も大切に出来ない」

何度も聞いた言葉…


だけど、「自分を大切にする」その言葉の意味が全く理解できなかった自分。


そんな中で
あなたが自分を大切にすることが…あなたの輝きを増し、それが人の為になる。と言葉を貰いました。


輝き…
まだまだ自分のことはいまいち解りません。

だけど、自分の心が安定していなときは…きちんと人の想いや心を受け取ることができないことに気付きました。

自分の心の安定。
ある意味それを目指すことが自分を大切にすることに繋がるのか?と今は想っています。


歩みは遅くとも…
少しずつでも諦めなければ…必ず道は開けていくと信じて進みます。



皆様との素敵なご縁に感謝。
今年も一年ありがとうございました。

また来年もよろしくお願いします!

それでは皆様。
よいお年を!!

大月トンネル事故

大月のトンネル崩落事故…大変な事になってますね

私は事故の前日に大月に居ました。

私は電車での移動でしたが…
合流した友人が自動車での移動

もし1日ズレていたなら…!?

何が良いも悪いもなく
本当にこればかりは運命としか言えません。

事故にあわれてしまった皆様のご冥福を心よりお祈りいたします。

母親を許すと決めた日

先日 自分の人生36年間に一つの区切りをつける決心をして母親に逢いにいってきた。


「母親を許す」

人によっては…子供のくせに、お前は何様だ?と想う人もいるかもしれないけれど…
人は千差万別。
こんな価値観をもった人間もいるのだな。と広い心で見てもらえるとありがたいです。



この日…お袋と逢い

「今日は一つの区切りをつける決意できた」と言ったら…
お袋は驚いた顔をしていたね。


私の36年の人生…子供の頃からの記憶をたどると…
自分で今までそれは仕方なかったこと。と処理しようとしても
どうしても引っかかってしまったことがある。


「私は…生まれてこない方が良かったのではないのか?」そんな想い。


記憶をたどると…それは4歳くらいのことだろうか

当時は親父は「呑む、打つ、かう」の三拍子揃った愚か者。

とは言っても…私は父親が21歳の時の子なので、父親は24~5のまだまだ遊びたい盛りのお兄ちゃん。
そんな父親と父親より3歳年上の母の間に私は生まれた。


父親は季節労の作業員。
冬には本州へ半年間くらい出稼ぎに行くのが通年のことだった。

冬の間は母と私の二人暮らし。
そんな時に…母は私に辛くあたった。

「あんな男と一緒にいるのは…お前の為だ!お前がいなければ…」

確かに私の将来の為だったのかもしれない…
だけれど、私にとっては…その言葉が私の存在自体が母親を苦しめる「忌み子」として自分の中に呪縛として刻まれていった。

5歳の時に、私は母にくってかかったことがある。
そんなにお父さんが嫌いなら…あんな男と別れればいい!
僕は一人で施設にはいる!!
5歳の…子供が言う言葉だろうか?
当時の私は物心ついたばかりの幼子の心で、その意味を自分なりに理解していた。


母親にとって私は邪魔者。
その後も…たくさんの愛情を貰って…愛されている。解ってはいても心の奥に刻まれた刻印が容易に消えることはなかった。

母は弱い人だった。
父が出稼ぎにでると…まともに給料も送らず、逆に金をせびることすらあった。
それを夜働きにでてお金を作る。そんな生活。
酒におぼれ荒れて…子供にあたる母親が恐ろしかった。


今になって思えば…
網走から親戚一人、頼れる人もまともにいない旭川に一人嫁ぎ、旦那の親や親戚は冷たく…唯一見方だった義母は55歳で早くに他界。
そんな中で20代のお姉ちゃんが子供を抱え生きる現実。
容易でないことがわかる。

今なら理解できることもあるけれど…やはり自分の奥底には理解や思考といったものとは別の
自分ではどうにもならないものが眠っていた。


それがなぜ今なのか。

先日、私の心の奥底から…この想いを引きずり出してくれた人がいた。

酒も入っていたし、何をどう話したのかはいまいち覚えていない。

ただ…私は孤独になる恐怖でガタガタとひざを抱えて震えていた。
それを抱きしめて、ただただ嗚咽を漏らしながら泣く私を受け入れてくれた人がいた。


心の奥底に眠るトラウマ。

3歳のころか…
夜中に目が覚めると、一人布団に残された自分。
どんなに泣き叫んでも母親が戻ることはなかった。

4歳…5歳になる頃には両親は共稼ぎにでて、私は鍵っ子として育つ。
兄弟や親戚も近くにはいなくて、何時も一人でいた記憶がある。


別に自分が特別不幸とも想っていないし…回りには私以上の大変は想いをした人も山ほどいると想う。
ただ…これは、私が体験した事実ということ。


この想いを引きずりだして受け止めてもらい…ようやく過去の現実と向き合ってみる覚悟ができた。




母親と

「今まで36年間。私はこんな想いを抱いて生きてきた」
「私は…その想いを今ここで区切りをつける為に、あなたのしてきたこと全てを許します」

「私も36年間、あなたに酷いことを言ったこともたくさんある。それを許して欲しい」
「そして…私の存在を許して欲しい」と


(そうかぁ…   そんなこともあったね。  おまえには許すどころか、生まれてきてくれて感謝しかないよ)
(私こそ…良い母親でなくてごめんね)


(わかったよ。  おまえの36年を 許します)


「お袋はきっと…私にしてしまった事で自分を責めて、苦しんだこともたくさんあったと思う」
「だけどもう…私のことで自分を責めないで。私は全てを許したのだから」

「36年の区切りはついたよ。だから…これからは新たな気持ちでお互い歩んでいこう」と


お袋は…ただただ (申し訳ない…   ありがとう)と泣いていた。


こうして私の中でのトラウマと一つ区切りをつけることができた。


想いを伝えることの大切さ…
そして、受け入れることの大切さ。

そして何よりも…「許す」ことは人の為ではなく自分自身の為ということ。


許すことで「手放し」自分自身の心を軽くすることが出来るから。


捉われ憎しみ続けることは…ある意味生き地獄で自分自身への拷問かもしれない。
それをやって喜ぶ人はいないし…相手は何とも感じていないことだって多々ある。


許すは「己の心の開放」と想ってもらえると良いかもしれないね。


もし、あなたの心の中にも「捉われた何か」があるならば…
「許し手放し」自分で自分を救ってあげてほしい。


誰しも幸せになる権利をもって生きている。

自分で自分を苦しめるのは止めて…皆が幸せになって欲しい。

心から そう願います。


ちょいと心の休養

迷ったときは原点に返れ

焦らなくても良い 無理に結果を出さなくても良い


自分が自分らしくあること、それを大切にせよ


考える事はとらわれること

心で感じることを大切にせよ



あるがままを受け入れ 己の直感を信じよ


心を開き心の眼でみよ

思考の眼は狭きものなり


己を信ずること忘れるなかれ





時々ぼけ~っとしていると、ふいに頭に言葉が浮かぶことがある。

それが何なのかはわからない。

言葉尻も…ちょっと今風でなかったり?笑


それでも…今の自分の心境に対して的を得ている言葉ということは間違いなさそうだね。



ここ3ヶ月間。
本当に怒涛のごとく…嵐のような時間が過ぎ去っていった。

今までの自分の人生ではありえないくらいの人達と出会い
たくさんの物事を見て体験してきた。

自分に無いものを学ぶ機会になった反面
自分を振り返り…自分の無力さを痛感して自己嫌悪にも陥ったり。


人は人
自分と人を比べること自体が…意味のないことなんだけどね。

わかっちゃいるけど、完ぺき主義で欲張りな自分という「我」が心の奥底から顔をだす。


いくら…それはダメだ!と心から追い出そうと頑張ってみても
それもまた自分自身の光と影の部分。


光があれば影があるように…それもまた切ってもきれない一対のもの。


少しはうまく付き合えるようになったかな?
なんて思っていたけれど…
この三ヶ月間で、いろんな自分の中での常識がぶっ壊されて
またぞろ顔を出し始めたね。


自分とは何ぞや?
改めて想うと…本当に自分自身を一番解っていないのは自分だと痛感する。


自分は無力。
そう想えば…不思議なくらいタイミングよく
私のおかげで前を向くことができた…と言葉を貰ったり。


何かでなきゃいけない…否
何にもなる必要はない。

自分は自分で唯一無二の存在なのだからね。


なんて…人には偉そうに話すのだけれど、その言葉を一番欲しているのは自分自身なのかもしれない。笑



迷わなければ…人生はきっと楽しく楽なものとなるだろう。
迷い苦しみ続けるくらいなら…いっそ…?

なんて想ったことも多々あり。

だけどね、今こうして思えば…自分の苦や経験からこそ
人の苦を受け止め、何かを伝える術にもなっているのだと感じる。


ある意味…
これもまた、人の為に役立つ為の修行なのかもしれないな。


何事も苦と想えば苦になり
楽と想えば楽になる。

何事も自分の心次第。


辛い修行だって…自分がMだと想えば大丈夫!
あれ??そう言えば私はどMだったわ!笑


何かにとらわれ…しんどいなぁ~と想うことがあったなら
自分は変態や!なんて少し遊び心をもってみるのもありかもね♪

枯れていた心

ふと…久しぶりに、ゆずの「栄光への架け橋」を聴いていた。
辛かったこと、苦しかったこと…今まで自分が足掻いて、ちょっとづつだけれど
乗り越えてきた過去を思い出す。

気がつくと…顔は涙でぐしょぐしょになっていた。



しっかし…私は泣き虫だなぁ
人前でも感極まってすぐに泣いてしまう。 


でもそれは今の自分…
いつだろうなぁ  以前の自分は人前で泣くことなんて滅多になかった。
それどころか…いつも感情の無い冷めた目をしていたね。


学生時代を振り返れば
人を信じることもなく、いつも心は孤独と苦しみでいっぱいだった気がする。
自分の存在価値もわからず…全てに絶望して自殺未遂した夜。
あの時の心の渇きは今では懐かしい思い出。


そんな私が今の自分になれたのは…
本当に私の為に長年尽くしてくれた一人の人物のおかげだった。


どんなに私を信じてくれても…私の乾いた心と硬くなった殻は
容易に変化するものではなかった。
何度も…泣かせてしまったね。
「どうして信じてくれないの?」今でもその言葉が胸の奥に刺さっている。


それでも注ぎ続けてくれた愛。
挫折の度に側で支え続けてくれた人。


いつしか年月が過ぎ…それが当たり前のようになっていき
いつしか私はそのありがたみを忘れていたんだね。


失って気付く愚か者。
10年以上の長い歳月。


我を振り返り反省してみて改めて学ぶことの多さに気付く。



自分を振り返ってみて気付くこと。
心の渇や人を信じれない殻は…用意には変えることは出来ないのだと。
出来る人からすれば、そんなものは簡単なこと。

でもね、出来ない人からすれば…その感覚を変えていくのは
本当に血のにじむような努力が必要だということ。


今の自分に出来ること…
そうだね、彼女にもらったバトンを次に繋げることなのかな?

今でも人に求めることは苦手。
それでも…人に与えることは出来る。

私はお金も力もない。
それでも誰かに寄り添い、痛みを分かち合うことは出来るはず。
それが誰かの力となり…またその「想い」が誰かに繋がっていくと嬉しい。

それがきっと自分に出来る数少ないことだから…



今日はちょっと自己反省日記でした。

不思議なシンクロ②

前記事の    不思議なシンクロ①の続き






セミナー当日、会場に入ってみると…「錬堂塾」と怪しいTシャツを来たスタッフの人達。
10人ほどいた参加者は、私以外女性。
これは…明らかに場違いなところにきてしまったと後悔した。


ところが…錬堂さん。
どこにでもいるツルツル頭の面白いオッちゃんなんだけど
その技術を目の当たりにして…
私が今まで勉強してきた整体の常識が、見事に粉々にぶっ壊れた。
頭は真っ白。大パニック状態。

それでも…何かわけはわからないけれど…
実際見て自分の体で体感して、その凄さだけは実感した。
何よりも…会場に来ていた人達の「笑顔」
これが嘘をついていなかった。

さくらでも混じって…会場を変に盛り上げようとするならば
おかしな違和感がでる。
しかし…錬堂さんが一人ひとりの症状にあわせて体を触るたびに
笑顔になっていく人達。
その笑顔は本物だった。


「自分もこの笑顔を引き出したい!」
自分の根本は…人の笑顔の為!

ならば、これの技術を学んだならば…きっとお客さんの笑顔は増えるはず!

セミナー終了後、担当のコウさんにお話をきくと
6月に二泊三日の育成セミナーがあるとのこと。
日にちは…1,2,3の三日間。
えぇっと…明後日??

どうするか?
時間はない。
しかし…「また機会があったら~」と、このチャンスを逃したら
次がない気がした。

決断した。
「行きます!」

きっとこれには…意味があるにちがいない。


その後…札幌の親元によると、お袋がここ三日間ほど膝の痛みが酷く
しゃがんで立ち上がるのもままならないとのこと。

早速セミナーで学んだことをもとに、お袋の膝周りをほぐしてみる。
不思議なことに…あれほど痛かった膝の痛みがほとんどないと。

その笑顔は本物だった。


散歩や山登りの好きなお袋
膝の痛みがあって…ここ一週間ほどまともに歩いていないとのことで
「三角山に登るぞ!」と
さっきまで足を引きずっていたお袋について三角山(標高333M)に登ることになった。笑


お袋と話していると…やはり母だな
私に起ったできごとを、それとなくだけれど…察してくれていた。

お袋と仕事から帰った親父の後押しもあり
二日後の育成セミナーに快く参加することができた。


育成セミナーは、一日目は座学がメインになり覚えるのに必死。
夜は同期生で施設が貸切状態ということもありドンちゃん騒ぎだった。
女性のパワーは凄いね。笑

男性は錬堂さんと私の二人。
風呂の時間が決まっていたこともあって…一緒に入ることになった。
師匠の背中を流させてもらう。
60代とは思えないくらい引き締まった筋肉質の体。
やはり…自分の健康は自分で守る!と言っているだけのことはあるな。
医者の不養生では、言葉に説得力がないものね。


次の日の朝。
錬堂さんから…突然言葉がかかる。
「15日から11日間俺によこせ」

「はい」

迷う暇がなかった。
予定はあった…でも、その時はなぜかいかなければいけない気がした。

その時はそれ以上はなにも告げない錬堂さん
そのあと…
よくよく内容を聞いてみると
山中湖にマヤの大長老がやってくる。その長老に逢え。
その後は…東京の寺で修行をしながら俺の帰りを待て。と


マヤの大長老!!???
アレハンドロ・シリロ・ペレス・オシュラ氏


マヤ暦や勉強していたけれど…
まさか そのトップに逢うことになるとは想わなかった。


この話をリリィさんやマヤ暦関係の人に話したらビックリしてたね。笑

正直…あと二日に迫ってきたけれど本人に全く実感ありません。

それでも、きっとこれには何か「意味」があるはず!そう想って
今出来ることを精一杯やってきます。


人間、考えることも必要だけれど…
何かを変えたいのならば、「決断」をすることが大切と学びました。


また後ほど…ゆっくりと修行の結果を書きたいと想います。

不思議なシンクロ

先月から…
何かの流れが変わったのか?と想うほど
めまぐるしく新しい出会いが広がり、自分の価値観も広がっていった。


最初のきっかけは…
リリィさんかいただいた一枚のチラシ

そこには5月20日にリリィさんも参加されるイベントがあるとのこと。
リリィさんは私がマヤ暦とフットを学んでいる先生。


正直…当日はいくつもりはなかった。
午前中はバタついて忙しく、昼からも…気分がのらなかった。
しかし不思議なことに…気持ちとは裏腹に、なぜか行かなくては行けない気がした。

会場に着いたのは14時半頃。
終了は17時だったので…それほど長居をするつもりはなかった。

そこで出会ったのが、以前ブログにも書いた自閉症の女性。

そこからが不思議な出会いの連続だった。


私はスタッフでもないのだけれど…知り合いの方もいたので片付けを手伝っていた。
すると…これから打ち上げがあるので参加しないか?と
リリィさんより半ば強制的(笑)に声がかかる。

そこで全国を周りながらチャクラリーディングをされている
セレネとシンさんに出逢った。

チャクラリーディングは、人間の中心部に位置する7つのチャクラのエネルギーの流れから
その人の過去生や深層を読み取るというもの。

なかなか予約が多く簡単には受けることができないとのこと。
「やってみたかったな…」と私が言うと、
「次の日に李那さんのお宅で一人予約があるので…もち李那さんがよろしければ」と
タイミングを見計らい、セレネが李那さんにお話をしてくれると
李那さんは快く了承してくれた。

この時も…不思議なもので、私が打ち上げの席に遅れて参加したのだけれど
二つ空いていた席は、セレネの横とリリィさんの横。
個人的には…面識のあるリリィさんの横?と想うところだったけれど
導かれるようにセレネの横に座ることになった。それが端ならまだしも
二番目の席が私をまっていたかのようにポッカリと空いていた。




次の日に李那さん宅に指定の時間におじゃまする。
リーディングは30分ほど横になってセレネが気を流して読み取る。
ここでは内容は詳しくは書かないけれど…
以前私が抱えていた問題を当てられた。

第五チャクラ(喉、青色)言葉「自己表現」

荒野の中にサボテン(過酷な状況でも生きていける自分)がありまが、光がそれています
光が自分に当たらない、「どうせ自分に光は当たらない…自分なんて…」という心。
強くも弱くもなれない(優劣に敏感な)自分でした。
その中で、今日は強弱の感覚の取れる日です。
「囚われずに生きる」と自分で宣言しました。


まさに…言われた事がそのままの私の心境だった。
人生は「生き地獄」それが以前の私の想いそのものだった。
強くなりたい…強がってみても、心は空しいだけ。
臆病な自分、そんな自分が嫌いで…どちらにもなれずもがき続けてきた。


終わった後は…ただただ涙が静かに溢れだした。


全てのことが無意味に思えて…自分の存在すらも否定し続けた日々。
しかし、今ならわかる。
その全ては…必ず何かしらの形で自分自身に繋がっているのだと。

だから…
自分に起ること、自分の行うこと全てに「意味」があり「無駄」なことなど一つもない。



リーディングが終わると、シンさんが今回のリーディングをプリントしたものと
私をイメージした?絵をプレゼントしてくれた。
私は…黄金の光で周囲を照らす?存在なのかな?


リーディングが終わってから。
シンさんが…ある人を紹介してくれた。
「錬堂さん」

シンさんが錬堂さんに電話をいれ…すぐにスケジュールを問い合わせてくれる。
幸い、一週間ほど後に北海道にくる予定があるので
とにかく凄い人だから、一度あってこい!とのこと。


正直…一般常識で考えると、たいした面識もない人から、知らない人を紹介されるのだから…
半ば眉唾物の話に想うだろう
しかし、このときの私は…
これにはきっと何か「意味」があるなと直感が感じた。

そこで後日すぐに、シンさんから教えてもらった
担当のコウさんに連絡をとり、札幌でのセミナーを受けることを決めた。

より以前の記事一覧