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プライドを捨ててみる

ぎん)プライドを捨ててみる

プライド
良い意味では、自分自身を支え奮い立たせる支えとなるもの。
悪い意味では、執着、頭の硬さ、応用力の無さ、となる。

私は元々、かなりプライドの高い人間だった。

けして人よりも勉強が出来る訳ではなかったけど・・・
その代わり人以上に努力して、人より物事ができる自信があった。

一番酷い時には・・・大工で技能士の資格を取り、仕事でも現場を任され、
仕事で周りで私にかなうものがなく、空手もやっていたことから腕力にも自信があり、
バブルの終わりがけではあったが・・・建築業の給料も良く、
金、力、地位と全てがあったと想いこんでいた。

しかし・・・
人一倍無理をした結果、利き腕は握力を失い腰を痛め・・・仕事復帰は絶望。
さらに、そのころ覚えた株取引によって全財産を失う。

一時期は元彼女の元で専業主夫的な生活を送っていた時期もあった。
全てが空回りで自暴自棄になり、家でヒスを起こす私・・・
そんな私を長年支えてくれた彼女ではあったけど、やはり人間には我慢の限界がある。

そして私は全てを失った。

当時プライドの高かった私は・・・他の仕事を探すも、
こんな安い給料でやってられるか!と、なかなか自分の殻からでることができずにいた。

そして、プライドだけでは生きていけないことを知った。

ここからは本当に大変だった。

体はボロボロだし・・・お金も無いし。

プライドじゃ飯は食えない。

人に頭を下げて生きるくらいなら死ぬ!と吼えていた人間が、ようやく人に頭を下げて生きる決心をした。

新しい仕事に就けば、自分は駆け出しの下っ端。

仕事もできないのに給料が安いのは当たり前、それに・・・年下の先輩からヤキが入るのも日常だった。

惨めだった。

何度死のうかと想ったか・・・。

でも、自分の中で何かが変わりつつあった。

今までは自分が正しい!と思い込み、自分の意見ばかりを相手に押し付けていたけど
相手の意見をしっかり聴くようになった。

次第に・・・こんな考え方もあるのか!?と自分と違った考え方を受けれることができるようになった。

すると・・次第に私の周りに人が集まるようになった。

プライドの高かったころの私ならば・・・こんな自分の失敗談など隠して、成功話しかしなかっただろう。

しかし、今となっては・・・そんな失敗や苦労話も、笑い話として話せるようになった。

今だから笑話だけれど、四国八十八ヶ所巡りに四国に渡り、一番所にたどり着く前にぎっくり腰で
現地の病院に一ヶ月の入院。
それでも・・・そこで出会った人たちの暖かい支えもあって、無事八十八ヶ所結願となった。

結構これが良いネタになるんよね(笑)大体の人は笑ってくれる。

こうして自分の弱さや欠点をさらけ出すことで、人が心を開いてくれるきっかけにもなる。

自分の弱さをさらけ出すことは・・・けして恥ずかしいことではない。

自分を「弱い人間」と認めることが、弱さを知り強くなる第一歩だと私は想う。

いくら強がって人に虚勢を張ったところで・・・何も変わりはしない。

自分の弱さを認め、そして受け入れて、そこから前に進んだものこそが

「本当の強さ」を手に入れることができると想う。

私はまだまだ弱虫のヘタレ。

いきなり大きな勇気をもって、何か大きな事を成すことはできない。

だからこそ、小さな目の前にある一つ一つの機会を大切にして
小さな勇気をもって前に進んでいくことにした。

未だ人生道半ば。

私のような若輩者が人生について語れた身ではないけれど・・・

今こうして、私のブログを読んでくれているあなた。
そして、私に縁のある沢山の人たちの暖かい支えがあって

私はこうして生きていくことができます。

沢山の出会い、そして・・・

あなたに、

心から、ありがとう。

自分の心構え

ぎん)最近自分の生き方について考えることがある。

別に生き急いでいるつもりはない。

ただ・・・ふと、こんなことを想う。

「やらずに後悔をしたくない」

以前自殺を考えたからなのか、自分で仕事を始めたからなのかは解らない。

ただ、そう想う。

それから自分の生き方が変わってきた。

今までだったら・・・

忙しいから、とか

体調が悪いからとか・・・

いろいろな理由をつけては「今度機会があったら」と先送りして逃げていた。

でも、どうだろう?

その「今度の機会」って・・・いつくるの?

同じ条件で同じ出会いや機会がやってくるものなのかな?

自分の中での時間がどんどん過ぎて行くように、周りの時間もどんどん進んで
前と全く同じ状況なんておこらないんじゃないかな?

だからこそ想う。

今この時、このチャンスが最大最高のチャンスなんじゃないのかな?

確かに・・・

そこで冷静に考えて、やらなければ良かったと、後で想うこともあるだろう。

でも、失敗したなら・・・そこから何かを学べば良い。

臆病になって、何もやらずにせっかくの一度きりの人生を棒に振ってしまうほうが勿体無いと想う。

今、いろいろ考えていて、ふと・・・気がついた。

今年は、たくさんの別れを体験した。

もう・・・その人たちには、どんなに何かをしたいと願っても、何もできない。

だからこそ自分も、そして・・・自分の携わる全てに、

やっておきたい事を、後悔なくやっておきたい!と想うようになった。

自分の生き方、人生を変えることが出来るのは「自分」だけ。

でも、難しく考えることはない。

ほんのちょっとの勇気と、意識だけで人は変わることができるから。

嬉しかった事

ぎん)今日、知り合いの方の紹介で新しいお客様の下を訪れた。

知り合いの方は、以前の職場の同僚のお母さん。
とても気さくで面倒見が良く、私は「美瑛のお母さん」と慕っている方。

今回のお客様は腰の曲がったおばあさん。
家には盲目の旦那さんがいる。

お母さんの話では、旦那さんは盲目ながら・・・その分他の感覚が鋭く、
相手の人の声だけで・・・その人の人柄を当ててしまうそうだ。

ちなみにお母さんは、自分にとても自信のある方といわれたそうな。

おばあさんの施術が終わり、それから旦那さんと一時間少々話をしただろうか

お母さんが旦那さんに話をふる。

私は・・・

温厚な人。
そして・・・とても礼儀正しい印象を受けたとのこと。

旦那さん曰く。

礼儀正しさとは、昨日今日の短期間で身につくものではない。
そして・・・人柄とは、声のハリは語尾など、いたるところにその人の人柄が現れるとのこと。

話を聞いていると・・・
旦那さんは以前、政治闘争時代から政治の世界にかかわり、
知り合いの方には大臣まで上り詰めた方もいるとのこと。

たくさんの人を見てきた経験から、目は見えなくとも心の目は
真実を見ているのかもしれない。

そして・・・
あなたは、とても苦労をしてきたね。と・・・

え!?

私の苦労話など何もしていないのに!?

その瞬間、私の中の今までの辛かったことや苦労がフラッシュバックした。

初めての人の前なのに・・・
涙が溢れた。

それを見ていて・・・

横に居た、お母さんももらいなきをしながら、

初めてうちに来たときから、息子のように想っていた。
どこか放っておけなくて・・・と

元同僚のお母さん、付き合いだってそれほど長いわけでもない。

それなのに・・・こうして、私のことを、まるで自分の息子のように気にかけて
心配し、さらに応援してくれる。

こんなありがたいことが・・・他にあるだろうか?

一時はダメだと想ったこともある。

人生を投げ出そうと想ったこともある。

でも、ここへきて、

ようやく、自分が沢山の人から応援してもらって、必要としてもらって・・・

自分は生きていて良かった。と、生まれて初めて想えた気がした。

今更ながら・・・照れくささはあった。

でも、私は親に対して・・・
どうして私をこの世に誕生させた?と恨みこそすれ感謝したという記憶はなかった。

この想いを伝えたくて・・・

親に電話をかけた。

照れくささはあった。

でも、この言葉を言わずに・・・もしものことは迎えたくなかった。

今言える幸せ。

言いたくても言えない人だってたくさんいる。

その幸せをかみ締めながら、親父とお袋に伝えた。

親父。

お袋と一緒になってくれてありがとう。
そして・・・俺の親父がオヤジで良かった。と

お袋。

今更だけど・・・産んでくれてありがとう。

お互い電話越しに泣いてしまって、グズグズになってしまったけれど
伝えることができてよかった。

親父、お袋ありがとう。

そして・・・

私に縁のある皆様、いつも気にかけ、時には支えてくれてありがとう。

たくさん、たくさん、どれだけ言っても足りないけれど・・・

心から「ありがとう」

等身大の自分

ぎん)最近のぎんのブログを見て・・・かなり落ち込んでいるんじゃないか?と思われているいかな?

はい!大丈夫です!

ばっちり復活しました。笑

落ち込むことに対して・・・だいぶ免疫がついてきたせいか~

ある程度まで・・・ドボーン!と沈み込んだら、必ず何か新しい発見をして上がってきます♪

心配おかけしてすみません。

さて、タイトルにもあるように「等身大の自分」とは何ぞや?との問いです。

等身大ったって・・・そんなの鏡で見りゃ一目瞭然でしょ!?とも思えるけど・・・それは外見の話。

自分の心の身の丈って、みんな知っているようで以外に知らないもの。

ま~そりゃしょうがないわね~

この厳しい社会の中を渡り歩いていこうと思ったら、嬉しいことがたくさんある反面、理不尽なことだって山ほどある。

泣きたいときに素直に泣けなかったり・・・自分の感情を押し殺しているうちに、だんだんと・・・どれが本当の自分なのか解らなくなってきてしまうもの。

それが悪いこととは言わないけれど・・・等身大の本当の自分をしてっておけば、自分の限界がわかるようになるから、ちょっとだけ無理するのをするのを止めてみることだってできる。

そうすることで、結果として自分自身が楽になれるんだよね♪

迷ったときこそ原点に返る

ぎん)新しい仕事開始を宣言してから約半年くらいだろうか・・・。

自分なりに勉強したり、戦略をたてたり、知りあいづてに営業をかけたりと・・・

地味な進め方ではあるけれど、少しずつ着実に進めていたつもりだった。

来月の本格営業開始を前に、一度商工会議所に言って話を聞いてきた。

自分としては、絶対とまでは行かなくても・・・かなりの自信のある内容を用意していった。

ところが・・・

実際に蓋を開けてみると、ダメだしの荒らし・・・。

ダメだしとはいっても、自分ひとりでは考え付かなかったことをたくさん聞かせてもらえたので、とても勉強になった。

彼らも・・・仕事とはいえ、見ず知らずのぎんのために・・・ここまで一生懸命考えてくれているのだから、ありがたい限りだ。

そうはいっても・・・正直すさまじく凹んだ。

やはり自分には無理なのか?

自分自身がわからなくなった。

どうすればいいんだろう?

いや・・・結局は、「自分自身」が「どうしたいのか?」なんだよな。

最後は結局、答えは他人から貰うのではなくて・・

自分の中にしかない。

自分に出来ることを探す・・・。

今の自分にできることを、もう一度振り返る。

人の話を傾聴すること、誰にでも平等に接すること、人に対する気配り、人を受け入れる心、人を褒めること。

そんなもの社会人として当たり前だろう?そう想うかな?

ところがね・・・世の中には、これがきちんとできる人なんてそうそういないんだよ。

どれも、履歴書には書けないし・・・就職には役に立たないものばかり。

けど、どれ一つとしても・・・対人間で必要で、人から感謝されることばかり。

難しいよな~

人に喜んでもらったり・・・人に感謝されることは出来るのに、それがお金に結びつかない。

お金がなくて生活ができるのならば、自分がしたことで人に感謝され、自分も幸せな気持ちになれて・・・どんなに幸せな人生だろうか。

現実って・・・本当に難しいな。

今現在は結局、以前から整体でお世話になっているお客さん相手に、それも整体で細々やっている状態だ。

自分の原点。

仕事を楽しみ、いつも笑顔で人を癒し、心身ともに余裕をもって「楽しむ」を目標にしていたんだよな・・・。

自分探しを初めて・・・早5年。

ようやく自分らしさを見つけ・・・次はそれを社会のためにどう使うのか?

先に進めば「壁」があらわれ、さらに進めば、また「壁」が現れる。

たまには弱音の一つも吐きたくもなるよな。笑

こんな自分でも・・・たくさんの人が損得抜きで自分を支えてくれていることはゆるぎない事実。

そう考えると、自分は本当に幸せ者だとつくづく想う。

こんなにたくさんの人に支えてもらって・・・自分に何も無い。なんていったら怒られてしまうな。笑

特に地位も財もないのに・・・みんなお人よしの大バカだよ。

たく・・・こんなにたくさんの人に優しくしてもらって・・・幸せすぎて泣けてくるよ。

みんな、ありがとね。

さて、ちょっと凹んだけど・・・大丈夫!

こう見えても意外に俺ってしぶといから!笑

芯が強くなかったら・・・あんなハプニングがあって四国八十八ヶ所巡りを結願なんて出来やしないさね。笑

今回のブログは、ちょっと弱気なことを書いたけど・・・

自分が迷うことは、けして間違ってないってことと、

あと、「答えは自分の中にある」ってことを・・・少しでも感じてもらえたらと想った。

年齢に関係なく人間生きている以上、煮詰ることは何度もあると想う。

そんな時は・・・いや、そんな時こそ、自分の心中にある本当の自分の心に耳を傾けて欲しい。

自分は本当はどうしたいのか?

きっとそれが・・・本当の意味で「自分らしく生きる」ってことなのかもしれないね。

自分の中の二つの気付き②

ぎん)自分の中での二つの気付きのうちの一つ目が「深読み」

二つ目の気付きも・・・当たり前と言えば、これまた当たり前の話なんだわね。笑

一つ目の「深読み」のときでも話したんだけど、

ぎんの中では、時々頭の中で「マイナスの連鎖」が始まる。

これがまた・・底なし沼のようなもので、もがけばもがくほど・・・どんどん負の世界に引きずりこまれていくんだよ。

ぎんの中での「もがく」は、自己否定かな?

そんなマイナスの考えになる自分なんて嫌い!嫌い!嫌い!とやってしまう。

これが酷い時になると、心臓なんて止まってしまえ!死ね!死ね!と自分自身にやってしまうんだな~。

今こうしてブログを書いてて、むなしくなってくるんだけど・・・

冷静な日常の時なんて、たわいも無い話でしかないんだけどね。

以前ぎんの「お遍路」の話の中で、自分の我がままを聴いてくれるの自分だけ・・・のような話をしたことがあると思う。

自分が行きたい!と思う所へいったり、無理をしいたって・・・だまって言うことを聴いてくれるのは、自分の体だけ。

そう、「体」としての「自分」は、四国の体験から感じる事が出来つつあった。

しかし・・・一番の厄介どころは「心、精神面」これが一番の問題児。

自分の中でいっぱいいっぱい考えてる事を、いちいち口に出すわけにもいかないし

しかも、そんな話を四六時中聞かされる方も、たまったものではないだろう。

結局最後は、自分の事は「自分自身で気付く」ことしか・・・ないのかもしれない。

今回の発見も、本当に偶然の発見だった。

出来ている人には、本当に・・・え!?そんなくだらないこと?と思えるような話だ。

自分自身を一番受け入れて欲しいのは誰か??

親?兄弟?恋人?家族?

子供なら親だろうな~

ある程度大きくなって、自我がついてきたら・・・きっと「自分自身」だと思う。

なんで?

周りの人に自分を理解してくれる、素敵な人がたくさん居る人は幸せ。

けど・・・

周りの人は、解ってはくれているようなんだけど・・・

何かが違うな?と違和感を感じた事ってないかな?

やっぱり・・・自分自身の事を一番だれよりも、しっているのは自分自身なんじゃないの?

付き合いだした恋人じゃないけど

寝ても覚めても一緒にいるのって自分自身だけでしょ?笑

ぎんは、たまたま偶然なんだけど・・・

マイナスの底なし沼にはまった自分を受け入れてみた。

これはイメージの世界の話になる。

暗闇にたたずむ一人の子供の自分。

その自分を「うまく出来ない」からと・・・見放さないで、抱きしめてみる。

辛かったね・・・苦しかったね。と・・・

そして、いいんだよ。

それでいいんだよ。と・・・優しく声をかける。

まるで、夜回り先生だな。笑

そして、心の奥で苦しんで泣いている自分を抱きしめてみる。

このとき、ぎんは自分の中で・・・何かが暖かくほぐれていくような感じを覚えた。

だって・・・

傍から見れば、たわいも無いことだって・・・

本人にしてみれば、すごく頑張って悩んで苦しんだ結果なんだもの。

失敗したっていい。

失敗なんて・・・頑張った結果でしかない。

その頑張りが失敗になるって解っていて、頑張る人なんかいる?

うまくいかなくたっいい。

失敗と言う形になったなら・・・

頑張った分、ちゃんと「学び」という結果は得ているから大丈夫!

無駄な物なんて何にもないんだから!

自分には何もないと・・・寂しく心の中で泣いている人は、ぜひ一度

心の中の、もう一人の自分を抱きしめて、言ってあげて欲しい。

頑張ったね!あなたの頑張りは無駄じゃないよ。と。

自分の中の二つの気付き①

ぎん)自分の性格や考えというのは、自分が一番わかっているようで、以外に一番解っていないこともある。

とくに・・・無意識に(何気なく)考えてしまったり、やってしまう事に多いのではないだろうか?

ぎんの中でも、え?今更そんなこと!?と想うような事ではあるけど・・
つい最近、自分の中で発見した「自分の考え方の癖」の話をしたいと思う。

ぎんは、昔から親が厳しく・・親が家に友人を招く事が多かったため、大人達との交流の機会が多く、人の顔色を伺い・・いかに「良い子」に振舞うか、小さい頃から考えることが多かった。

大人になってからは、露骨に良い子をする必要はなくなったけど、やはり・・昔からの「癖」というのは、無意識に体に残っているものだと思う。

人前で飾らなく、素の自分を出せるようになったのは・・本当にここ数年だろうな。

まず、ここで浮かんでくるのが「深読み」

人の機嫌を見て、上手に振る舞い・・いかに自分に被害が及ばないようにするのかと考えると、とにかくいろいろなことを無意識に考える癖がついた。

今でも結構やってしまうのだけど・・・

相手の話した一言から・・あれやこれやと、本当にいろいろな事を考えて連想する。

これがまた、常に頭の中がフル回転状態になるものだから・・・精神的に疲れること、疲れること。

それでもって、自分が考えだした・・何十通りもの考えが外れると、さらにガックリきて自己否定に走り出す。

相手がどんな事を考えているのかなんて・・・相手にしか解らないのにね。笑

当たり前といえば当たり前の事。

解ってしまえばなんの事はない。

これは、あくまで自己分析なんだけど・・
いろいろ考えて、自分の中で予め「免疫」を作っておけば、いざ自分にとって不都合なことがあったとしても、対処も早くできるし・・いきなりやられたときよりも精神的ダメージは少なくすむ。

それが良い方に向かって働くときは良いけど、マイナス思考が強いと・・結局負の連鎖で悪いほうに引きずられて、しかも精神的に疲れるダブルパンチ状態。

良い面をあげると・・

仕事をしている時には結構役に立ったな。
頭の中で次々と状況判断を行っていくので、現場で必要なことをどんどん頭の中で組み立てていく。
そうする事で、次に何が必要になるのか?が見えてくるので、動きに無駄がなくなる。

そんな面もあったので、ぎんは現場では・・職人が働きやすく段取りをする「裏方」が得意だった。

用は、何事も表裏一体。

良い面もあれば悪い面もある。

良い面と悪い面を理解できて・・・さらに使い分けできれば、最高じゃない?

それには、まずは「気付く事」

これが出来ないと、何も始まらない。

先輩の受け売りなんだけど・・・

「癖」は気付いた時から「癖」ではない。

今、自分が何をやってるのか、何を考えているのか・・・それを感じて理解することが大切だね。

行動で起こしていることならば、他人の目にも触れるから、注意のしようもある。

けど、これが・・・「考え」になると、本人しかわからないので・・結局は本人が気付くしかない。

ぎんにしたって、33年間生きてきて・・なんとなくぼんやりとは感じていたけれど、ここまで自分の特徴をはっきりと把握したのは初なんだから。笑

遅い?

出来る人から見たら遅いかもな~

ただ、これを理解しないまま・・・あの世まで持ち帰りしている人も、きっと少なくないと思うよ。

さて、話はずれたけど・・

この「深読み」には、プラス面とマイナス面があることがわかった。

てっとり早い話、プラス面を残して、マイナス面とバイバイしよう!って事。

だってさ、仕事の時には旨く活用できたって・・プライベートの時まで同じように頭をぐるぐる回転させっぱなしじゃ、精神的に疲れるしょ?

精神的に余裕がなければ、楽しむ余裕だって生まれないし。

何より・・いっつもピリピリしてたら、周りの人だって疲れちゃう。

誰しも経験ないかな?

え?何でそんな事で・・・そんなに怒られなきゃいけないの?ってこと。

以外に・・・怒った本人にしてみれば、原因は・・・そのひとつだけじゃなくて、頭の中がいっぱいになるほど、自分の中で考えたことが原因かもしれないよ?笑

さて、今まで読んだ文章の中に、あれ?あてはまる事あるかも?と思った人は、

まず、「自分が考え事をしているな?」という「今」の状況を理解することから始めてみると良いと思う。

自分自身をコントロールするには、まず、自分はどんなときに何を考えて、何ができるかを「知る」作業をしなければならない。

言葉にすれば難しいけど、ただ・・・「気付いて」「理解」するだけ。

後は、適材適所。

必要な時には使って、必要の無いときには休ませる。

それで得られるものは、心の余裕かな?

人生初の、結婚式「結びの言葉」

ぎん)昨日、前職でお世話になった友人の結婚式があった。

場所は、旭川市の神楽セントポール教会。

何年か前に友人の結婚式の時にも、きた事がある。

やはり・・聖堂の中での賛美歌はすごい迫力があったな~

賛美歌を歌う聖歌隊の方達は・・へたな今時の歌手?よりも・・はるかに旨い。

やはり・・花嫁のお父さんが、感極まって泣き出す場面などは・・何度見ても心にグッとくるものがある。

教会での式に付き物の「フラワーシャワー」と「ブーケトス」。

悪天候で心配されていたが・・どうにか持ちこたえてくれたな~
二人の日ごろの行いかな?笑

さて、次に・・いよいよパーティが始まる。

ぎんは、この席で最後の「結びの言葉」を頼まれていた。

入り口で受け取ったプログラムのしおりを見てみる。

まず、乾杯の挨拶は・・新郎の上司の方。これは妥当だよな~

その次にお祝いの言葉は、新郎新婦の友人代表。うんうん・・

ケーキ入刀に、花束贈呈、キャンドルサービス。

両親へ花束贈呈、両親謝辞・・新郎新婦謝辞・・・・・結び!?

ん!?まともにスピーチするのって何人もいないぞ??

名前の顔ぶれを見てみると・・・ぎんよりも遥かに新郎新婦と付き合いの長そうな面々がそろっている。

ん~~。(汗)

式場では、前職場の方も結構出席していたので・・思い出話に花が咲き、楽しいひと時を過ごす事ができた。

料理も洋食で、なかなかに美味しい。と感じれたのも・・・開始から三分の一くらいまで。

よくよく人数を数えてみると・・約70人ほどの式だった。

祝杯の店長さんも・・・かなり緊張してたな~。

面白い事の大好きな新郎は、サービス精神も旺盛で・・写真撮影にも、いろいろなポーズで明るく応じていた。

自分が大役を受けていなければ、とても楽しい式になっただろう。

キャンドルサービスの時には、よく・・友人がキャンドルの芯を水で濡らして、いたずらをするのを見かけるが・・それを新郎の父親がやっていたのには笑った。

彼の面白い所は、きっと父親ゆずりなんだろうな。笑

途中、両親謝辞の最中に、鼻血をだした子供がいた。

しかし・・両親は写真撮影に夢中で、ほったらかし。

おばあちゃんらしい方が、介抱するも・・この方も忙しそうだ。

気になったぎんは、ウエイターの方にお話して、ビニール袋に氷をいれた氷嚢をつくってもらった。

さて・・いよいよ自分の番が間近になる。

途中からは、極度の緊張で・・食べ物も喉を通らなくなり、料理には手をつけることも出来なくなっていた。

進行役の方から、自分の名前を呼ばれる。  

きた・・・・。

覚悟を決めて、マイクの前に進む。

考えていた文章は、それほど長いものではなかったので・・
カンペを使わずに話そうかと思ったが、もしもに備えて内ポケットに潜ませる。

マイクの前に立ち、周りを見渡す・・・・・・。

アカン。

最初からカンペを見ながら話すことにした。

出だしでマイクが言葉を拾わない・・・マズイ!

ここで頭が真っ白になってしまった。

とりあえず、気を取り直して話し始める。

事前から、余計な言葉は極力省き、ゆっくりと話すことを心がけていた。

下手にすらすら話そうとすると・・声が裏返ったり、噛んだりして、失敗の原因になってしまうので気をつけていた。

途中まで読み終え、もう・・アカン!と思い・・アドリブではないのだけれど、マイクの向きをずらして新郎新婦の方を向いて話しかけるようなスピーチに変えた。

一通り読み終え、いよいよ最後の締め。

皆様!

お手を拝借!

いよ~!

シャン!で・・・

大きな失敗をすることもなく、何とか大役を果たすことが出来た。

周りの人には、ぎんさんらしくて良かったよ!とお褒めの言葉をもらえた。

ぎんの結びの言葉。

ただいまご紹介にあずかりました○○と申します。

お二人には、○ーマック○前店時代に大変お世話になりました。

主賓の方々の素晴らしいご祝辞がありましたので・・私は何も申すことはございません。

(ここで新郎新婦の方を向く)

新郎さん、新婦さんの末永いお幸せと、さらに明るく、笑顔の絶えない家庭を願い

一本締めをさせていただきます。

皆様、準備はよろしいでしょうか?

お手を拝借!

よ~

シャン!

ありがとうございました。

といった流れで行った。

これは、ぎんが思ったことだけど・・間違わないようにと、ゆっくりと話したのが
逆に、丁寧な印象を受けたのかもしれない。

後で新郎にメールを送ると、

やっぱり、ぎんさんにお願いして良かった♪という言葉を貰えたのが嬉しかった。

正直、最初は断ろうかとも思っけど・・・

自分のように肩書きの無い人間には、めったに巡ってこないものなので

自分を鍛える機会!と想い、受けることにした。

とても緊張したけれど、自分の成長の機会に繋がったチャンスをくれた友人に感謝!

新郎さん!新婦さん!ありがとう。

そして、お二人の末永い幸せを心から願う・・・ぎんでした。

お坊さんのようだね?と言われて

ぎん)ここ最近、「お坊さんのようだね」と言われる事がある。

どうやら、ぎんは自分の体験談からの話しかしていなのだが、仏の教え?に近い内容の話しをしていることがあるらしい。

残念ながら、ぎんは仏門には入ってはいない。

まして、仏門に入っていたならば・・・
仏様の素晴らしい教えを学ぶことで、これほど苦労はしていなかった気がする。

そうは言ってみても、勉強嫌いな「ぎん」の事だ、仏門に入ったところで
勉強もせずに、遊びほうけているのがオチだろう。笑

そう考えてみると、「神様」とはいるものなんだな~と、つくづく想う。

大方の人は、「神様」と言えば、「困ったときの神頼み」というように、
何かのご利益にすがりたい時に、「神様!!」となるのではないかな?

ぎんの場合は、ありがたいことに、
とても素晴らしい神様が見守っていてくれて、

勉強嫌いで怠け者のぎんに対し、

これでもか~!!

というくらい、[苦労]という形で、「学びの機会」を授けてくれる。笑

おかげさまで、自分の経験した体験談からの話しなのに

仏様の教えか?と勘違いしてもらえるような、

ちょっといい話しができるようになったようだ。

正直、仏教の知識もない、ただの凡人が偉そうなことを語れる訳も無いけど、

人間の行き方って、自分の心一つで変わるものだな~というのは、つくづく想う。

とくに、ぎんという人間は、

超が付くほど「マイナス思考」で、しかも「完ぺき主義」

自分の中に「グレーゾーン」と言うものがなくて、常に「白か黒」

そんでもって、自分が「大嫌い!!」

こんな偏ったものの見方をしてりゃ~  そりゃ~

長く生きてなくたって人生に疲れもするし、周囲と上手くやっていけるはずもないよな。

今だからの話しになるけど、はっきり言って

人生なんて、生きているだけ「苦痛」でしかない!!って思い込んでたもんな。笑

これって、自分が変わったな~って思える、今だからこそ「笑い話」にできることだけど
当時は、本当に真剣に悩んでいて、笑えるどころじゃなかったよ。

ぎん夢に向かって

ぎん)久しぶりの更新。
しかも…今回は初の携帯からの書き込みを行ってみた。

さて…実は、先月の中旬で…ぎんは残念ながら仕事をリタイアしてしまった(ノ△T)
今、うちの店…いや、いや…会社自体が赤字転落の瀬戸際らしい。
そこで…始まるのが『人減らし』ただでさえ少ない人間が…減らされるのだから、残った人間は…たまったものではない。
売り場面積が約3500坪。
夜にその約半分を1人で受け持つこともザラにあった。
今年に入り…短期間に二度のギックリ腰、流石に…これから先の事を考え、退職を決意した。
ぎんがリタイアした後、3月だけで…3人が体を壊してリタイアした。

3月中は体のリハビリで終わった。

さて…ぎんの夢。
ぎんは以前から四国のお遍路に興味があった。
しかし…歩いて回るには、時間がなかった。

体が丈夫な人ならば、定年後にゆっくり廻るのも良いだろう。しかし…今の自分の体の状態を考えれば、とてもではないが…年をとってから廻れる状態では無いことに気づいた。

もしかしたら…これがラストチャンスかもしれない!?

くろに事情を話し、快く了解を得る事ができた。

本当に…本当にワガママばかりさせてもらっているが…
そんな自分を支えてくれる『くろ』には本当に感謝している。

1ヶ月ほど準備をして、ようやくめどがついた。

ぎんは来週四国へ旅立ちます。

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