自分探しと自信。

ぎん)久しぶりに「自分」について書き続けたメモの整理をしてみた。

いやはや・・・以前から、ぎんが「自分探し」をしていたのは話していたけれど、

実際に見てみると、B5のコピー用紙で500枚以上あったな~。

日付も振ってあるので、自分自身の心境の変化が手にとるように解る。

今になって考えてみれば、たわいの無いような内容でも・・・当時は真剣に悩んでいたな~としみじみ感じていた。

自分探しに、足掛け5年。

ようやく・・・ゴールの光が見えてきた気がする。

いや、きっと・・・それがゴールじゃなくて、新たなスタートなんだろうな。

それは、自分の中での大きな「壁」をひとつ越えただけかもね。

さて、ここで・・・自分に「自信」が無い人にアドバイス!

アドバイスっても、生き方や考え方には個人差があるから、全ての人に有効ではないと想うけれど・・・ぎんが自分に自信をつけるためにやってみたこと。

まずは、自分を褒めること!

はい!出来たら苦労しないよね~。笑

そう、ぎんも実際・・・自分で自分なんて褒められるほどの事もやっていないし、持っていないと想っていた。

オリンピックでメダルとったとか・・・何かの大会で優勝したとか、

誰が見ても、すごい!って解る「形」でもっている人なんて、そうそういないよね?

自分が出来ることなんて・・・誰でもできるし、何も特別なことではない。なんて・・・想っていないかな?

実際、今までのぎんがそうだった。

周りの人から「すごい」って言ってもらえても・・・さらに自分よりも出来る人と比べて、自分なんて~って落ち込んでいたな。

でもね、一つだけ誰でも、誰にでも誇れるもの・・・実はある!

今生きていること。

ここまで生きてきたこと!

は?そんなの当然でしょ?と想わないでね~。

あなたが生きてきた人生は、あなたが抱えている苦しみも、乗り越えた苦労も、全てあなた自身のもの。

他の誰でもない、自分自身が頑張った証。

自分より優れている人は、たくさんいる!なんて想わないでね~

どんな人も、その人と同じだけの時間を使って、同じ環境で、同じだけの人生を歩めるわけは無い。

そんなもの・・・出来たとしても、ただの空想の中だけ。

自分が生きてきた人生は、絶対に・・・どんなに優秀な人でも全てを真似することはできない。

だから、自分が「今」ここに「生きている」ということを、もっと誇りに想ってもらいたいと思う。

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どんな職業の人も、人は人

ぎん)先日のニュースで、警察官が酔っ払って、人の家に侵入して暴行した事件があった。

え!?市民や法を守るべき警察が?と思った人もいるだろう…

ぎんは別に警察を否定も肯定もしない。

実際現場に出て…毎日必死に頑張っている人達も山ほどいる。
たった一人の人間のやった事で…
だから警察は…なんて、みんな同じ!みたいな見方が嫌いなだけ。

自分だって…
自分の会社の人間が、たまたまやらかした事で…
だから…あの会社の人間はダメなんだ!なんて言われたら、腹立たない?

ぎんは、テレビのニュースで…一回一回、名前だけでなく、職業まで発表されるのが納得いかない。

ちょっと話しはそれたけど…

警察官や、自衛官の制服は…スーパーマンの制服ではない。

ぎん自身が、警察と自衛隊を受験して…自衛隊に入った。
隊員教本には、国民の付託にこたえ~何たらと書いてあるが、制服脱いだら、酒も好きだし女の子も好き。
サンロクの街を歩く酔っ払いと何も変わらない。

上司から、公務員は24時間勤務だ!なんて言われた事もあるけど…
それじゃ~お酒も飲めないし、遊びにもいけないよ。

そんな職業にとらわれないで…もっと1人1人としての人間を見るべきなんじゃないのかな?

○○会社の人は…素晴らしい人で、○○会社の人はダメな人!んな訳ないだろ?
人間なんて…自分が生きて、やってきた以上の事なんて出来ないんだよ。

会社の肩書きにぶら下がってるだけの人なら…もう少し、素の自分を磨けばいい。
周りの人達も、『職業』という色眼鏡を外して…1人1人として『人間』を見てもらいたいと想う。

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時の渋滞②

ぎん)さて・・・最初に断っておくけれど、これは・・・あくまで「ぎん」個人の考えで、ぎん自身がやってきたことなので、人によっては薬にも毒にもなる話だということを理解してほしい。

意見としては、賛否両論があると想う。

それに対して、ぎんは否定もしないし、肯定もしない。

ましてや、人の生き方を否定する権利は「ぎん」にはないし、するつもりもない。

ものの例として、偶然にも境遇が当てはまってしまった人もいるかもしれないが、それは自分自身が選んだ道!として、さらに頑張ってもらいたいと想う。

まず・・・

前回のブログでも書いたのだけど、物事を極論で考えると・・・自分の認められないものが、全て「悪」になってしまう危険性がある。

それに、あれはダメ・・・これはダメ・・・とやっていると、物事に対する視野が狭まって、世の中としても正しい判断が出来ずらくなってしまう。

読者の周りにもいないかな?

自分が絶対正しい!と言い張る、頭の固~い頑固なお年寄りが・・・笑

ぎんから見ると、結構若い頃から「一本の道」で頑張って生きてきた人に多い気がする。

外の世界を知らないと・・・自分だけの殻に閉じこもってしまいがちになりやすいので注意が必要かも?

ぎんは子供の頃から、わがままだった。

自分の気に入らないことには、すぐに癇癪を起こし。

とにかく自分の想うようにならないことには、頑固に否定するタイプだったな。

そんな性格だもの・・・自分のやっていることを棚に上げて、相手に自分の考えを押し付けるのは日常当然のことだった。

どうなったかって?

そりゃ~もう、結果はみるまでもなく・・・昔からの付き合いのある友達からも「総スカン」当然だよね。笑

これは・・・ぎんが20代の中頃まで続いた。

正直、このころのぎんは・・以前にも書いていたと想うけれど

収入は同期の人の倍近くを貰い、さらに空手をやっていたこともあり、腕力の自信もあって、完全な天狗。

自分が絶対正しい!な~んて、お馬鹿な考えを恥ずかしくもなくもっていた。笑

まず、自分が変わるきっかけになったのは、

●今まで当たり前だったことが、当たり前でなくなったことで、自分に関して考えるきっかけを貰ったこと。

そう・・・腕の酷使から、頸肩腕症候群にかかり、利き手の握力を失い・・・手術。

仕事を失い。空手を失い。自信を失った。

さらに悪いことに・・・やはり人間、落ち目に祟り目という言葉もあるように、

この時期に株で失敗。貯蓄の大半を失う。

もう・・・何もなかったな。

なかばヤケ。

私生活も当然荒れる。

この時期は・・・一緒にいた「くろ」だって、自殺ものに周りから追い込まれていたのに
自分の事でいっぱいで・・・くろに目を向ける事もできなかった。

結果は?

当然全部失った。

だけど・・・ある意味これが自分にとっての再出発だったのだと、今になって想う。

この頃は、暗い部屋の中で・・・一人で引きこもって、頭の中で大人数が総論大戦争やっているのも日常の事だった。

吹っ切れたきっかけは・・・なんだろう?

今になって考えてみれば・・・手探りだけど、新しいことにチャレンジしてみたことかな?

時間はかかったけれど、全くジャンルの違う「営業職」についてみた。

会社のやり方もあって、長くは勤められなかったけれども・・・

年下の上司がいてみたり、自分の中での常識が全く通用しなかったりと、毎日覚えることが山済みで・・・ウジウジと自分の殻の中に篭ってる暇が無かった。

この頃かな~

自分が周りの人に対して否定していた。

無職の期間や、笑い話で書いていた「専業主夫」時代があったり・・・

以前の自分では考えられないような生活を送る日々だった。

この頃かな~温泉好きの「くろ」の影響もあってか、温泉にいく頻度が多かった。

そこで、何度か訪れた「コタンの湯」(屈斜路湖半)で、

全身の力が抜けて、完全にリラックスできている自分がいることに気がついた。

なんだろう・・・心身ともに「リセット」できている感覚かな?

その後は、自分のやりたかったペットショップで働いてみたり・・・

独立を目指して「整体」の仕事に入ってみたりと、収入はけして多くはなかったけれども
お金にこだわらず、自分のやりたい事をやれたと想う。

整体時代は・・・元ホテルマンに美容師と、かなりキッツイ先輩のおかげもあって
レベルの高い接客技術を学ぶことができた。

元美容師のお姉ちゃんには、こてんぱんにやられて・・・何度泣かされたか。笑

今でも彼女は「接客の大師匠」と尊敬している。

ここで思えた事は・・・

違うジャンルの世界に飛び込んでみることで、自分と違った考えをもつ人たちが・・・たくさんいるということ。

自分の世界観が絶対ではないこと。

自分が生きてきた道・・・生き様。

ぎゅっと・・・今まで握り締めてしたものが、すごく小さな物だった事に気がついた。

今までの自分は、その小さな物を必死に握りしめるために・・・本来もっと大きな物を持つことが出来た「手」を使い損ねていたのかもしれない。

確か・・・「禅」の言葉にもあったな。

放てば・・・その手に満てり・・・だったかな?

この頃から、ぎんは本当の「自分探し」を始めた。

周りの人にも、手当たりしだいに「自分らしさ」って何?と聞きまくったものだ。

そんなこと・・・?今更?と想われたこともあるだろう。

けど、今まで自分が積み上げた物が崩れて・・・完全に自分自身を見失っていた時期でもあった。

逆に言えば・・・一本の道を、自分が絶対に正しい!と思い、何も知らずにあの世まで歩ききれる人の方が幸せかもしれない。

自分自身がわからなくなってみたり、迷ってみたり、本当に自分は正しいのか?
そう自問自答するからこそ・・・頭の中がいっぱいいっぱいになってしまうんじゃないのかな?

ぎんは・・・どちら決して間違ってはいないと想う。

一本の道をひたすら生きるために歩き続ける、家族のために歩き続ける。
それはそれで素晴らしい。

また、人生に迷い苦しみ、自分を見失い・・・苦しみながら生きる。
本人は苦しいかもしれないけれど、
それはそれで、素晴らしいと想う。

なぜ?

共に「今を生き抜いて」いるから。

ただね・・・人生は選択と決定の連続。

楽しいことも、苦しいことも、どんなことも・・・やるかやらないかは、全ては「自分自身」が決めて歩んできた道。

嫌なら辞めるのもひとつの選択肢。

そんな簡単な事できるか?といわれるだろう・・・

けど、たとえ家族のため、家のためと言って見た所で・・・それを選んだのも「自分自身」

時々・・・ニュースで、会社経営者が不況の借金苦で自殺。などという悲しいニュースをみることがある。

どうして、そうなる前に逃げなかったの?ふと・・・想う。

責任感。

これがある人、強い人ほど・・自分を追い込み、視野を狭くしていってしまう。

以前のように、お金がなくたっていいじゃないか?

お金が無くなったって・・・そこで苦労した分、きっと自分は「何か」を得ているはずだよ?

苦労が多ければ多いほど、人の苦労や辛さを理解できることだってある。

それって・・・人の痛みを知る、癒せる、「優しさの種」なんじゃないのかな?

それならば、自分の苦労も生き方も、何も無駄な物なんてないはず。

そう!人生に、無駄な物なんて・・・何もない。

ぎんの親を例にしよう。

正直、ぎんの子供から~20代までの親は、お世辞にも良い親とは言えない。

一時はマイホームを手に入れて絶頂期!の時から、真っ逆さまに転落した。

体もボロボロ、お金も無い。

何のために生きてきた?自問自答したことだろう・・・

けど、その転落があって、ようやく親は考えた。

そして・・・人の優しさ、ありがたみを知った。

親は変わった。

苦労をしたぶん、いや・・苦労の中から、自ら考えて「何か」を掴み取ったのだろう。

ぎんは・・・そんな親を尊敬する。

自分の親を尊敬できる人が、この世の中にどれだけいるだろうか?

一時は、本当に殺してやろう!とも想った親。

しかし、昔を知っているだけに・・・その苦労と成長に、ぎんは尊敬の念を送る。

今では、以前たくさんもっていた「お金」では買うことの出来なかった、

「家族の絆」を手にいれることができた。

人は変わる事が出来る。

だから・・・諦め無いで欲しい。

今のあなたの苦労は、きっと無駄にはならないから。

辛いときには、ちょっと立ち止まったって良い。

後で考えてみれば・・・それは長い人生のほんのひと時の出来事だから。

自分を否定しないで。

自分を変える事が出来るのも、自分を肯定できるのも、自分だけなのだから。

もっと、自分を愛して・・・大切にしてください。

追伸。

ぎんは、自営で・・・人の話を「聴く」仕事を始めました。

お問い合わせはこちらまで
kokorogu.kurogin@gmail.com

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時の渋滞

ぎん)今月の結婚式でのスピーチも終わり、ようやく落ち着いたのもつかの間、

来月には、やるべきことが山済みに詰まってきた。

やることが無いときは、あれ?というほど何もないものなのに・・
あれもこれもと詰まってくると・・?こちらも、あれ?と思うほどやる事が増えてくる。

まるで、同じ道路でも走る時間帯で混雑状況の変わってくる「渋滞」のようなものか?

そうはいってみても、その一つ一つが自分にとって大切なことばかりなので、どれをとってみても手を抜くわけにはいかない。

ここで、生き方の上手な人は・・どこにどれくらい~と調整をうまくできるから、自分がいっぱいいっぱいになることも少ないのだろう。

生き方に不器用な「ぎん」としては・・・
ここでさらに、いろいろ考えすぎて自分を追い込んでいってしまう。

簡単に言えば、マイナスの連鎖だわな。

ま~救いなのは、自分が不器用で「加減をするのがへたくそ」と理解していることかな?笑

そうは言ってみても・・・以前の自分ならば、いっぱいいっぱいになってしまうと、
「ちゃぶ台返し」のような「全放棄」をやってしまうことも、よくあったな・・

それをしなくなっただけでも、少しは成長しているのだろう。笑

さて・・・そうは言ってみても、やる事はやる事。やらねばならぬ。

考えすぎていても・・・なにも始まらないんだけどね。

逆に言うと・・・

変に頭の回転が良いばかりに(マイナスが多いが)自分の中でマイナス面が増徴されて、臆病になり・・・最初の一歩が、なかなか踏み出せなくなってしまう。

誰しもある経験だとは思うけども・・・

それを言っていたら、とてもではないけれど・・自動車の運転どころか、外を歩く事すらままならなくなってしまうよね。

どこまで考えるのが以上で、どこまでが正常なんて・・結局誰にも決めることはできないし、解らない。

生きていくってのは・・・これにどこまで折り合いをつけて、コントロール(妥協)できるか?なんじゃないのかな?

昔の任侠映画じゃないけれど、物事に対して「白か黒か」!?なんて、いちいち区別していたら・・・自分が壊れてしまうよね。

上手に世の中と付き合っていくコツは・・・

物事に、自分がどれだけ妥協できるか?かな。

これは「ぎん」の勝手な主観なので、違う!と想う人は、ぎんの言葉は気にしないで、のびのびと自分の想う道を進んで貰いたい。

ただいえる事は、

以前のぎんが、白黒はっきり主義で・・・周りが敵だらけになり、自分自身が疲れきり、生きるのが嫌になって・・・自殺未遂をやるまで精神的に自分を追い込んでしまった。と言う事。

できる人から見れば~

なんでそんな事で、そんなに悩むの?と想われることだって・・・

本人の無意識下でやってしまうのだから、どうしようも無いことでもあったりする。

さらに・・・時々不思議?な事に・・・自分の頭の中に、何人かの人間?が出てきて「頭の中」で、それぞれが勝手なおしゃべりを始める。

これがね~

止めろ!って言っても・・・止めないんだよ。

頭の中が、うるさいこと・・・うるさいこと。

こういう経験の無い人から見ると、完全に理解に苦しむと想うけれども、実際こういった症状で悩んでいる人もいると想う。

さて、ここまでは「ぎん」が今まで陥ってきた例を挙げてみたけれど・・・

今現在もこのままか?と言うと、そうではない。

たぶん・・・

あの頃のままの自分だったら、自我崩壊起こして、自殺しているか、精神科に入院中かもしれないな。

次のブログで、「ぎん」がやってみた事を書いてみようと想う。

同じ、もしくは・・・似た状態の人に「アドバイス」になるかは解らない。

ただ、ぎんは個人として変わってこれたかな~と思えた事ではある。

強制もしないし、肯定もしない。

やるも、やらないも・・それぞれの自由!

ただ、ひとつ覚えておいて欲しいのは・・・それぞれが皆、「本当は自由」だっていう事。

次のブログで、詳しくかいてみようと想う。

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自分らしさを見つける「ヒント」になればいいな~♪

ぎん)さてさて、「自分らしさ」

読んで字のごとく、そのまんま。

説明になってない?笑

まあまあ、焦らない~焦らない!

自分らしさを見つけるのって、焦っていたら見落としてしまうからね~♪

まずは、肩の力を抜いて~、呼吸を深くして~、ゆっくりと心を落ち着ける!

これ大事!

心を落ち着かせないと、自分の「心の声」って聞こえてこないからね♪

さて、気分が落ち着いた所で、先に進めよう。

まだやってない??

やってない人は、もう一度、深呼吸して、リラックスしてからだよ。笑

「自分らしさを見つける」って、字に書くのは簡単だけど、すっごく難しい事だよね。

正直、ほとんどの人が、自分らしさ??って何ぞや??って感じだと想う。

ドラマとかで、「自分の事は、自分が一番知っている!」なんて台詞がでてくるけど
そういう言葉を言う人が、実は一番気づいてなかったりするんだよな。笑

なんでか?

そりゃ~

自分自身のことを、自分がよくしっているなら、周りから見た自分とのギャップも少なくて
そんなに目くじら立てるほど、イライラする必要はないでしょ?

周りが自分の扱いを不当だ!と想うなら、自分がそれだけの事しか回りに影響をあたえたれていないんだと、本来反省するべき点でもあるんじゃないかな?

早い話、自分らしさを見つけるっていうのは、

自分には何が出来て、何が出来ないのか、

そして、自分は普段、どんな事を考えて、どんなことを行っているのか?

「自分を知る」ことじゃないのかな?

だから、リラックスして「自分を知る」ことが大切だと想う。

人間、良くも悪くも、自分の行いが積み重なって、自分という今の「人生」をつくっている。

器用な人は別だけど、たいがいの場合は、何度も何度も繰り返して
少しずつ、少しずつ出来るようになっていくんじゃないかな?

その繰り返し、積み上げているものが「自分らしさ」なんだと想う。

きっと、人によっては、凄く自分は頑張ってきたのに、

自分と人を比べて、人より出来ない事に落胆し、自分を否定する。

自分よりも優れていると想う人のマネをして、どんどん自分が解らなくなって、
苦しくなって、逃げたくて、でも、逃げ出せなくて・・・。

自分の存在理由がわからなくなって、自分なんていなくても世界は回る。

いつしか、自分はいてもいなくても、何も変わらない「空気」のような存在と想ってしまう。

こんなときに、周りの人達がどんなに暖かい言葉をかけてくれても、
閉ざした心の中には届かない。

こんなとき、責任感の強い人ほど、「死」に急ぐんじゃないのかな?

そんな人がいるんじゃないのかな?

かく言う「ぎん」がそうだった。

だからこの話しは、けして作り話ではない。

きっと、自分と同じように悩んでいる人がいるはず・・・

そう思って、そんな誰かのちょっとした役にたてたら~
そんな思いから、書こうと思った。

今だから思うこと。

「自分は自分」他の誰でもない。

そして、誰も自分の行き方と、全く同じ生き方は出来ない。

だから、他の誰にも出来ない、自分にしか出来ない事がある。

「笑顔」一つでもそう。

たかが笑顔。

素敵な笑顔、引きつった笑顔、くしゃくしゃの笑顔、

笑顔に良いも悪いもない。

どんな笑顔だって、世界に一つの自分にしか出来ないこと。

自分にしか出来ない事って、言い換えれば「自分らしさ」って事じゃないのかな?

たかが笑顔。くだらない??と思うかもしれない。

でも、笑顔だって磨き続ければ、人を癒す力にもなる。

何か特別なことが出来なくたって、たったそれだけのことで、人に幸せを与える事ができるんだ。

人を幸せに出来るって事は、それだけで自分のぞんざい意義になるんじゃないのかな?

自分と向きあって、どんなにかっこ悪くてもいい。

自分自身を否定せずに受け入れる。

そして、毎日100点満点じゃなくてもいい。

ありのままの自分に満足してみる。

すると、小さな事、当たり前の事にも感謝の心が芽生えて、心が満たされて
暖かい気持ちになる。

すると笑顔は、どんどんよくなっていく。

自分らしさ、自分を知るって、本当に些細で簡単な事。

でも、この忙しい現代社会の中で見つけるのは、とても難しい事。

最後に。

答えは人からもらうものではない。

答えは「自分の中にある」。

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自分の想う「成功」という形

ぎん)ぎんは以前、よく「成功」というタイトルの本をよく読んでいた時期があった。

本を読んでいると想うのが、成功という形は書き手によって変わるということ。
ようは、著者の価値観によって変わると言ってもよいのではないだろうか?

以前ぎんが、特に愛読していたのは・・・コミック「ユダヤ人大富豪の教え」原作、本田健

コミック ユダヤ人大富豪の教え(1) アメリカ旅立ち篇

どんな本でも、何度か読んでいるうちに本人の心境の変化にともなって
自分が本から感じる物も、どんどん変化していくものだ。

何かの本に書いてあった言葉だけど、「人間は自分の見たいものだけが見える」と

確かにそうだ、以前のぎんは「お金」というものに、凄まじい執着があった。
その頃にこの本を読んだときは、どうやって金持ちになるか??
「金、金、金」ばかりに目がいっていたな。

この本は、読み手の心境によって多種多様に変化する本といってもいいだろう。

もし、お金にこだわらずも、人生を豊かに過ごしたい!と想う人がいるならば
一度は読んでみる価値のある本だと想う。

さて、今回は「成功」について書いているが、
最近ぎんの中で、成功という形がかわりつつある事に気がついた。

以前のぎんとしては、もちろんのこと~

「金持ち」が、成功者としての絶対条件だった。

子どもの頃から、お金で不自由した分、やはりお金への憧れや執着心は人一倍強かったのだと想う。

しかし、年を重ねて、たくさんの経験させてもらい、さらにたくさんの人達との出逢いの中で
必ずしも、富を築くことだけが「成功」と言えないことに気づき始めた。

この世の中というのは、万人にとって平等ではない。

どんなに努力したって、一生お金と縁の薄い人だっている。

逆に言えば、皆が皆成功者となり、一生働かなくても食べていけるだけの富を築くことができたなら、好んで働く人はいなくなり、世の中は回らなくなってしまう。

どんな本を見ても書いてあるのは、「なりたい自分を見つける」

正直、単純なようで、奥が深すぎる。
この言葉で、気づく事が出来た人は幸い。
けど、ほとんどの人は・・・???だろう。

それに、もし商売が好きで、自分のビジネスを持って、
数年で一生食べていける富を築く人もいるだろう。

しかし、人によっては、人のために何かをして、お金ではなく「ありがとう」という「心」の報酬をもらうことを生きがいとする人もいることだろう。

なりたい自分といっても、商売をせずに、そういった仕事を選んだ人は成功者とは言えないのだろうか?

私は今想う。

「成功者」というと、たくさんの富を築き、何不自由のない生き方の出来る人だと想っていた。
しかし、どんなに富を築いたところで、その富はあの世へは持っていくことは出来ないし。
人間、老いもすれば、病にもかかる。
お金では、どうにもならない事は山のようにある。

それならば、富に執着するのではなく、どれだけ自分が日々の生活を悔いなく、
満足して生きていけるか?その方が大切ではないのかな?

ぎんの周りにもいる。

周りから見れば、何不自由の無いくらいの財を築き、「富」と言う点からみれば、
確かに成功者といえる人。

しかしその人は、いつも怖い顔をして、人を見れば・・・金が目当てでよってきているのか?と、何かにつけて「金」という言葉がでる。

悲しいかな、その人は、「金」という形にとらわれすぎて「人」としての大切なものを見落としてしまっているのだ。

言うまでもなく、そういった人の周りには、お金以外での人が集まるはずも無い。

人の一生とは「一期一会」。

縁があって、そこにある。

人として何を大切にして、どう生きるのか?

誰も教えてはくれない。

答えは「自分の中にある」。

この世の中、お金に縁がないと嘆かずに、
今自分に出来る事を、少しずつでいいから、やってみて欲しい。

そして、ほんの少しでもいいから、出来た自分自身をほめてあげて。

自分を好きになってほしい。

そして、満たされてほしい。

自分の心の隙間を埋める事ができるのは、お金でも、物でもなく、
自分自身の心だから。

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嫌いな自分と好きな自分と

ぎん)人は寂しがりや
どんなに強がってみても…独りでは生きていけない。

誰かが…人とは、人と人が支え合って生きている~なんて言ってたけど…
本当は、独りになるのが辛くて…
誰かに寄り添ってないと、独りでは生きていけないから…
人という字になってるんじゃないのかな?
ぎんも…
一時は、人が嫌いで嫌いで、煩わしくて、信じれなくて…
独りがいいって想う事があった。

けど…それって、自分が嫌いで、自分を信じれなくて、自分に自信がなくて、人といる事に臆病になってただけ…

本当の心の声は違うのに…

いつも寂しくて…
自分を見て!
自分を愛して!って泣いていた…。

素直になれなかった。

甘える事が悪い事だって…想ってた…

自分を偽って…
笑いたい時に笑えず、泣きたい時に泣けず…
何時しか感情を表現するのが下手になって~
どんどん自分を嫌いになってしまう。

苦しいな~
生きているだけで苦しいな~

自分を素直に表現出来たら…どんなに良いだろう…想った。

子供は素直だ…

泣きたい時には、台風のように…思い切りないて、
笑いたい時には、太陽のように笑う。

そんな自分を嫌い…なんて想った事無かったな~

物心がついて…
何時しか大人になって、自分を素直に表現するのが…カッコ悪い事だと想った。

自分の色を失った。

自分が嫌い…
自分なんて、人と同じ。
自分なんていなくたって地球は回る。
自分なくなればいい…
想った。

ねじ曲がっていく心。
もう…どこをどうほどいていいのかすらわからない。

けど…

心の奥底では、いつも叫んでる…

誰か私を見て!
私を愛して!

独りは辛い…
独りは寂しい…

求めても貰えないなら…

自分から愛をあげてみる。
太陽の光が欲しい…自分の心がそう呟くなら…自分が太陽になって、みんなを照らせば良い。

『笑顔』と言う名の太陽で。

自分に出来ること…
笑顔で人を癒やす事。

誰にでも出来る馬鹿げた事。

でも…誰にもできない自分だけの笑顔。

自分の笑顔で人が笑顔になる。

少し暖かい気持ちになる。

自分にも出来る事がある…
自分は無力じゃない。
ほんの少し自分を好きになる。

自分を好きになれると…笑顔はよくなる。
周りの笑顔がどんどん増える。

その笑顔で自分が満たされる。

人は鏡

自分の笑顔が自分に戻ってくる。

自分の笑顔で人を癒やし、人を幸せな気持ちにできる…

とても素晴らしい事。
いつしか…自分は人から必要とされる人になっていく…

そんな自分が好き。
そして…人が好き。

もう、大丈夫!独りではない。

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当たり前の日常と、そうでない日常と

ぎん)最近携帯からの書き込みがメインになっていたので、久しぶりのパソコンからの書き込みだ。

最近のブログで、色あせた日常という言葉言った。

ふと・・考える。

当たり前のような日常の繰り返し。

けど、それがもし・・当たり前でなくなったら??

極端な話になるが、もし、今日で自分の命が尽きて、明日という日を生きる事ができなかったなら??

そんな事を、温泉に浸かりながら・・一人ボーっと考えていた。

妹背牛のぺぺるを出て、国道12号線を旭川へと向かう。
通り慣れた、面白みのない道路。
信号も無いのにペースが上がらず、いらいらこそすれど・・この道路で何かを感じる事はなかった。

ちょっと思考を変えて、自分の命が今日で終わると考えてみる。
いや・・ぺぺるへ来るのが、今日で最後と考えてみた。

すると、今まで気にしなかった風景が目に飛び込んでくる。

当たり前すぎて、見えているはずなのに見えていなかったんだな。

そう考えて運転をしていると、不思議と周りにどんな木が生えていて、どんな景色だったかまで覚えていた。

人間、よく遠くへ旅行に行く事があると、この景色を目に焼き付けようと必死になる。
それが、たった2~3日の滞在だとしても、地元の景色よりも鮮明に覚えているものだ。

ぎんも、入院中は・・よく鳴門の町の中を散歩してあるいた。

しかし、一番記憶に残っているのいるのは・・旭川に帰る日にちを決めて、この景色を目に焼き付けよう!そう思ってからだ。

色あせた日常。

これは景色だけに限らない。

例えば、結婚している人ならば、その家族。
カップルならば、彼氏、彼女。
親ならば、子ども。
ペットを飼っているなら、そのペット。

全てが、全く当たり前の、ごく当然の日常だ。

毎日一緒にいると、それが当たり前になってしまい、その人と一緒にいることが「至極当然」そんな気にすらなってしまう。

明日も、当たり前のようにやってくる。
誰しも、そう思うことだろう。

しかし、もしも一日の最後に布団に入り、そして眠りにつき、
そして、明日という日が自分に訪れなかったらどうする??

言いたい事、やっておきたかった事、山のようにあるのではないのか?

肉体を失い、人間としての意識が残るなら、きっとこう思うだろう。

どうして、命のあるうちにやっておかなかったのだろう??

ぎんは昔、自殺未遂をした事がある。
睡眠薬を多量に服用して・・・自殺をはかった。
この時は、酔っていた方が薬が効くと知っていたので・・めいいっぱい酒を飲んで薬を服用した。
しかし、幸いにも・・泥酔していたおかげで、薬を間違えて飲み・・死ぬ事はなかった。
今でこそ笑い話だが、あの時はの「眠る事」への恐怖は忘れる事はできない。

自分は今日で命を終える。
明日という日は自分にはない。

これが、どれだけ恐ろしい事か・・・

でも、人間生まれた以上は、いつかは必ず死ぬ。

それは、若かろうが、老いていようが関係ない。

実際ぎんの知り合いも・・十代のうちに三人亡くなっている。

当たり前という現実が、誰にでも平等には訪れない事を解って欲しい。
あと、少しだけ考え方を変えて「今日」という日を大切にして欲しい。

何か特別な事は、する必要は無いけど。
ほんのちょっと、ちょっとだけ・・勇気をだしてみる。

普段、なかなか言えなかった事、出来なかった事をやってみる。

そうすることで、今日という日が、当たり前の中から「特別な日」に変わることだろう。

あと、人間最後の日に、苦しい切ないと、辛い顔をしていたいだろうか?

自分ならば、一日元気に明るく過ごして、最高の一日だった!と思う一日にしたい。

これを毎日、命ある限り、積み上げていく事ができたら・・さぞかし幸せな事だろう。
自分だけではなくて、周りの人も、その笑顔に癒され元気になって行く事だろう。

私の知り合いの方で、60歳で末期のガンの方がいる。

本人は、とても苦しく、辛い事だろう。
しかし、とても前向きで、自分に出来る事をやろうと、日々前向きに生き続けている。

この方を見ていると、自分には何も無いなどと・・自殺を考えていた自分が恥ずかしくなる。

この方だって、最初から強かったわけではない。

そう、人間なんて、弱い生き物。

最初から強い人など何処にもいない。

その人の歩んできた道のりが、その人を作り上げているに過ぎない。

ぎんは、周りの人から「凄い」と言われることがある。
けど、本人は何も凄いとは思っていない。

ただ、「自分に出来る事を自分の出来る範囲」でやっているだけ。

誰しも、これをやりたい!これができたらいいな~!という想いがあるはず。

それを、「想う」で終わらせずに、「行動」してみる。
そして、無理をしない。
たったこれだけの事で、何かが変わる。

やりたいことがあるのに、やらずに死んでしまうのでは・・死んで後悔するだけではないのか?

やるなら「今日」から、そう、今「この時」から、

過去はいくら悔やんでも、後悔しても変えられない。

代えることが出来る、何かを出来るのは「今この時」だけ、

「明日から」では、明日がこなかったら・・後悔で終わってしまう。

しかし、「今日」という日を大切に出来たなら、きっと今日という日は「有意義」な日となり、
後悔する事も少ないだろう。

長くなってしまったが、

正直、こんな分を見たなら・・何を偉そうに??お前何様?と思う人もいるだろう?
おそらく、以前のぎんならば、そう思ったに違いない。

これは、人にどうこうしろ!というものではなく。

自分自身への、「戒め」として書いているもの。

ぎんは「凡人」であるがゆえに、たくさんの出逢いや経験をさせてもらっているにもかかわらず、まだまだ、心が揺れ、迷いがでる。

そんな自分の葛藤を、「想った」だけで終わらさないためにも、
自分を客観的に見て、自分に「喝」を入れるためにも、
こうしてブログという方法で、文章として残させてもらっています。

 

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ブログ 四国から帰り1ヶ月。現実と向き合って③

ぎん)
先輩から…よく言われた言葉。
『目標をもて』

今のぎんは、自分と向き合い…自分はどこに行きたいのか?それを引き出している所なんだろうな。

自分と向き合って、自分を知るのに何年かかってるんだか…本当に…不器用な人間だ。

けど…想う。

不器用。
それも自分らしさなんじゃないのか?

何でも自分で出来すぎたら…
誰も助けてはくれない。
見ていて危なっかしいから、人は助けてくれる。

そして、助けてもらった人達に恩返しをする。
絆が生まれる。

そうだな…
不器用でもいいじゃないか!
愛嬌があれば、人には可愛がってもらえる。(笑)

器用な無愛想より、愛嬌のある不器用の方が面白い!(笑)

せっかく生きるんだ…一度の人生、楽しく生きなきゃ!ソンソン!(笑)

あ~少し気分がスッキリした。

ぎんの長い独り言に付き合ってくれて…

本当にありがとう。

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ブログ 四国から帰り1ヶ月。現実と向き合って②

ぎん)
自分とは何ぞや?
また…例の言葉が顔を出す。

自分は自分で良い。
四国にいる時に…そう思えた。
しかし、現実に帰る事で…それすら良いのか悪いのかさえ解らなくなってしまう。
人の心とは…本当に儚くもろい。

現実とは、辛く厳しいもの。
こう…捉えるのも、自分の心なんだよな。
前向きに、自分らしく!自分のやりたい事をやろう!
どこかの本に書いてありそうな言葉だが…
こんな事を言った所で、
そんな事で飯は食えるのか?と怒らるのが落ちだ。

子供の頃に持っていた夢は…
大人になり、『現実』という魔物に食い潰される。

でも…一体どれだけの人が、本当の自分と向き合ったのだろう?
『安定』という言葉を求め…入った自衛隊。
日々磨き続ける『人を殺す技術』
国を守る…『敵』という『人間』がいて初めてなりたつ言葉。
人を殺さずに…建物を壊しただけで、勝敗が決まるなら…それに越したことはない。
ぎんは、この環境の中に一年近くいたが…ここには、公務員ならではの『安定』はあったが、夢も希望もなかった。

少なくとも…ぎんが整体をやっていた頃の周りの人達は『夢』をもっていたな。
夢敗れる人は多かった。
しかし、自分を見つめ、そして…目標を持ち、計画を立て、実行した先輩は…夢を叶えた。

独立するのは…
本当に勇気がいる。
収入は不安定。
何も保証はない。
対岸の見えない海に1人出て行くようなものだよな…

今の自分なら…
恐ろしくて、とてもできない。

ふと…四国の旅を思い出す。

四国に行くと決めて、準備を進める…
そして、下調べして必要な情報を集める。
後は…勇気を出して、旭川を出る。

未知の世界に飛び出こむと言うの意味では…何かのヒントになるかもしれないな。

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